ドイ・インタノン山は、タイの最高峰(標高2590m)であり、植物の分布の上からも同国を代表する山岳地を形成している。この山岳地の植物を研究することは,植物分類学および地理学的に重要であるが、日本とタイの研究者の努力によって、すでに基礎的な知見が得られている。 また、ドイ・インタノン山には、古くから山地少数民族が生活し、自然環境の持続的維持と利用や、人間と自然との関わりの中における,生物の多様性の維持等の地球規模の環境の研究にとって、絶好の研究対象といえる。
タイ北部の大都市チェンマイ市の南西に位置しするドイ・インタノン山は、東西約30km、南北約30kmを占める大きな山地を形成している。この山地は、東麓のピン川(約標高300m)から西に向かって、徐々に高度をあげ、幾つかの尾根を起こしながら、標高1300m付近までは、比較的起伏の緩い地形をしめす。平坦な谷筋には、山地に住む少数民族の耕作地や集落がある。標高1300mを超えると、山地の斜面は急峻となり、南北に伸びる主稜線に達する事ができる。主稜線の西は、急傾斜をなして、一気に西麓のチャエム川に下る。ドイ・インタノン山の主峰の南には、ドイ・リウム山とドイ・フアスア山(英語名タイガー・ヘッド)、が聳えている。
ドイ・インタノン山は、熱帯モンスーン気候の森林を代表する典型的でかつ大規模な自然林を有する。即ち,標高1000m以下には,一年の半分を占める乾期に落葉する乾燥地フタバガキ自然林が発達し、標高1600m以上には、乾期にも青々と葉を茂らせる山地常緑広葉樹自然林が尾根と谷を覆っている。ドイ・インタノン山は、標高2590mでタイの最高峰であり、かつ独立した山地を形成しているので、山頂部の山地常緑広葉樹林は、樹木の幹が蘚苔類に密におおわれた雲霧林となり、数多くのランやシダ類が着生している。また,植物区系学上の中国から日本に至る日華区系の冷涼な気候下に生育する温帯要素の植物が分布し、植物区系学的に,熱帯と温帯の接点の山地と考えられる。
タイ第一の高山であり、豊かな自然林に恵まれるドイ・インタノン山の植物は、タイの植物相の調査に先鞭を付けたカーに始まり、ランを精力的に調査したサイデンファデンやテム・スミチナンド、寄生植物を調査したベテル・ハンセンやカイ・ラルセン等多くの研究者によって研究されてきた。そして,最近の20年間には,タイと日本の研究者の共同研究によって成果があげられてきた。国立科学博物館の小山博滋を中心とするドイ・インタノン山の植物種チェックリスト(裸子植物と単子葉植物)の出版はいままでの成果の集成である。
一方、ドイ・インタノン山には、アカ族、メオ族、カレン族、等多くの山地少数民族が、ケシの栽培に従事し、自然林破壊の元凶となってきた。しかし、ケシの栽培は約20年前より、王室のプロジェクトにより終息に向い、10年前には見られなくなった。現在、ケシ栽培地となっていた山地には、王室プロジェクトによって森林の復元がはかられ、山地少数民族の生活はケシの栽培にかわってキクやガーベラといった花卉、イチゴやキャベツ等の換金作物が支えている。このような開発と自然環境の保全の調和を求める活動の在り方は、地球環境の持続的利用や生物の多様性の保全の立場から極めて興味深いものがあり、ドイ・インタノン山は、この視点から地球規模のモデル的な特質を備えている山地と考えられる。
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ご覧になられているホームページ「ドイ・インタノン植物の世界」は、国立科学博物館が平成9年度よりすすめている「アジア及び環太平洋諸国の博物館との国際的な研究協力」の一貫としておこなわれた国立科学博物館植物研究部とタイ王立森林局森林標本館との共同研究の成果の一部を紹介するものである。