2005年2月7日北海道目梨郡羅臼町相泊で起こったシャチ集団座礁
現場状況と調査概要 相泊シャチ調査グループ


座礁と回収の状況

発見

2005年2月7日早朝、羅臼町相泊で流氷により行動不能になったシャチが発見された。発見者は同地区住民、「熊の穴食堂」の経営者で、鳴き声に気づき様子を見たところ4-5頭のシャチを認めた。この日の相泊地区の海岸には一晩で流氷が埋め尽くしていた。連絡を受けた羅臼町役場環境課職員が現地に着いたときには、群れは岸近くで動けず、身体が傷付き周りの氷は血で赤く染まっていた。

救出努力

様々な方法での救出が検討・試行された。しかし、巡視船の派遣は水深が浅く不可能、相泊漁港に停泊中の漁船が開氷面を作ったが浅い水深でシャチの近くまでは行けず、開けた水面もすぐにふさがる状況。午後にはシャチの群れがいっそう岸に近づいたため、やむなく幼獣を人力で岸に引き揚げる努力が試みられたが,重すぎたために引き揚げることは出来なかった。

衰弱と死亡

シャチは朝には盛んに声をあげていたが、午後にはあまり鳴かなくなり、夕方には横になったり仰向けになる個体が出始め、かなり衰弱しているようだった。それでも暗くなっても鳴き声は確認されている。翌8日,朝には生存個体はメス1頭のみで、9頭の死体が前日と同じ場所で確認された。なお,現場で確認したシャチの数は11頭であったが、性別と年齢ごとに数を出して合算したところ矛盾が生じたため、マスコミ発表や公式書類などでは「12頭」と数を修正している。


海岸の死亡個体、後方に回収作業にあたる地元住民が見える:相泊
2005.2.9(撮影:宇仁義和)

回収の経過

離脱

2月8日午後、唯一の生存個体が離脱し沖に向かって遊泳していった。前日とは異なりしかし、9日と10日に羅臼町サシルイ岬沖でシャチ死体1頭が確認された。離脱したのと同一個体かどうかは不明なままである。

回収

死体の回収作業はダイバー、磯舟,漁船が参加して2月9日に行われた。流氷は沖までほとんど見られなくなり、岸近くに底つき氷板のみでった。手順はダイバーが座礁シャチにロープを結び、その一端を磯舟が引く曳航ロープにつなげる。磯舟はシャチが結ばれた曳航ロープをいもづる式につなぎ、そして漁船が相泊漁港に曳航するというものだった。死体は解剖開始の14日まで漁港の水中で保管された。

搬送

2月14日、9頭の死体は35tクレーン車で吊り上げ、大型トレーラーと大型ダンプを使い、解剖場となった羅臼町峰浜まで陸送された。体長8m体重6tと推定された雄はトレーラーで単独で、小型のメスは複数あるいは幼獣と共に、大型のメスは1頭でダンプで運ばれた。


解剖当日の吊上作業:相泊漁港
2005.2.14(撮影:宇仁義和)

解剖と調査概要

性別、体長と体重

収容された個体9頭の性別、体長と体重は次のとおり。なお、体重は、kg表示は体重計で、t表示はクレーン張力計で計測した結果。クレーン張力計の計測誤差は プラスマイナス0.1t。幼獣は、全個体に胎児ヒダ(在胎痕)と呼ばれる体表のしわがある、成獣では白色の紋様になる部分が黄褐色であることなどから、生後数ヶ月の個体と推測される。

個体番号 性別 体長 体重
AKW1 オス 765cm 6.6t
AKW2 メス 563cm 2.6t
AKW3 オス幼獣 271cm 0.7t
AKW4 メス 658cm 3.7t
AKW5 メス 686cm 4.7t
AKW6 メス 600cm 3.5t
AKW7 メス幼獣 298cm 423kg
AKW8 メス幼獣 274cm 364kg
AKW9 メス 654cm 4.1t

胃内容物

解剖時での判明分として、幼獣以外の個体からはアザラシの毛皮の残る頭部、頭骨、脊椎骨、毛皮、爪など、イカのカラス・トンビなどが認められた。幼獣のうち2頭の胃には乳汁が認められた。

病理解剖

3頭の幼獣のうち1頭の喉元に「腫瘍」があるとが報じられたが、剖検の結果、これはおそらく外傷由来の瘢痕と思われる。なお、調査直後の2月21日朝、フジテレビ「とくダネ!」で、解剖の結果これが腫瘍であることが確認されたという報道があったとのことであるが、調査グループとしては、2月14日の調査終了後、これが腫瘍ではなかったことを報道関係に公表しており、同番組の内容は事実誤認に基づいたものである。放送当日フジテレビの担当者にはこの「誤報」について訂正を求めたが。担当者は「訂正」は混乱を招くので訂正表明はしないという意向であった。

その他の個体については、いずれも生死に関わる病変や外傷などは確認できなかったが、幼獣の1頭では、下顎骨の骨折や周耳骨周辺の出血があり、比較的強固な物体に直角に衝突した可能性がある。これは、護岸のテトラポッドに対しほゞ直角に位置していたこの個体の方向から推測すると、押し寄せる流氷と波に押されて頭部からテトラポッドに激突したのかもしれない。

更新情報

 2005.8.12 国際哺乳類学会議(IMC9:7/31-8/5札幌)で概要のポスター発表 Mass Stranding of Killer Whale in Pack Ice at Aidomari, Rause, Hokkaido (Preliminary report)がありました.
 2005.6.8 日本海セトロジー研究会第16回大会(平成17年6月25日~26日:函館市)で特別セッション「流氷が呼ぶシャチの集団座礁」が開催されました.

原ホームページURLは(http://www.h6.dion.ne.jp/~unisan/akw/index.html),2005.5.1にアップ
現URLに改訂版アップ 2006.2.10

ストランディング対応の実際

クジラ・イルカなどのストランディングの際に,救助あるいは調査を効率よく進めるためには,自治体,水産庁などの行政側の関係機関都の対応がまず重要です.

また,複数の研究機関や研究者が調査を希望し,各種の標本を採取しようとする場合には,これらの複数の組織や個人の調整役が必要になります. 相泊では宇仁自然歴史研究所の宇仁義和氏がこの役割を担い,調査活動が円滑に進行しました.

相泊コーディネイター体験記

研究の進展

学会発表のポスターなど非出版物の内容を無断で引用しないで下さい.引用したい方は yamada@kahaku.go.jp までご連絡下さい.

2005年2月14日-20日の期間で採材されたサンプルは各機関で解析され,成果の一部は学会などで公表されつつあります.

流氷の状況に関する解析

・流氷の状況に関する解析
その1第9回国際哺乳類学会議(2005年7月31日-8月5日:札幌)
Uni,Y. et al 'Mass Stranding of Killer Whale in Pack Ice at Aidomari, Rause, Hokkaido (Preliminary report)'
その2 (JPG 946KB)第16回海棲哺乳類学会議(2005年12月12日-16日:San Diego, California, USA)
Uni,Y. et al 'Ice-entrapment of Killer Whales in the Sea of Okhotsk'
第16回海棲哺乳類学会議(2005年12月12日-16日:San Diego, California, USA)
Yamada,T.K. et al, 'Biological information on killer whales entrapped by ice in the Shiretoko peninsula, Hokkaido, Japan'
齢査定用歯牙標本の採取 骨格標本を収集された機関のご厚意で,2005年6月から10月にかけて,各個体から下顎歯2本を採取させていただきました.ありがとうございました.
第16回海棲哺乳類学会議(2005年12月12日-16日:San Diego, California, USA)
Kakuda,T. et al, 'Genetical population structures of killer whales (Orcinus orca) stranded on 7 February at Aidomari, Hokkaido'
第16回海棲哺乳類学会議(2005年12月12日-16日:San Diego, California, USA)
Yatabe,A., et al. 'Stomach contents of Orcinus orca mass-stranded in Rausu-cho, Hokkaido, Japan'
・病理学的剖検の考察
・寄生生物の解析
・蓄積汚染物質の抽出と解析
・その他

学会発表

特別セッション「流氷が呼ぶシャチの集団座礁」(PDF 48KB)
日本海セトロジー研究会第16回大会(2005年6月25日-26日:函館市),
・第9回国際哺乳類学会議(2005年7月31日-8月5日:札幌)
Uni,Y. et al 'Mass Stranding of Killer Whale in Pack Ice at Aidomari, Rause, Hokkaido (Preliminary report)'
・第16回海棲哺乳類学会議(2005年12月12日-16日:San Diego, California, USA)
Uni,Y. et al 'Ice-entrapment of Killer Whales in the Sea of Okhotsk' (JPG 946KB)
Yamada,T.K. et al, 'Biological information on killer whales entrapped by ice in the Shiretoko peninsula, Hokkaido, Japan' (JPG 916KB)
Kakuda,T. et al, 'Genetical population structures of killer whales (Orcinus orca) stranded on 7 February at Aidomari, Hokkaido'(JPG 799KB)
Yatabe,A., et al. 'Stomach contents of Orcinus orca mass-stranded in Rausu-cho, Hokkaido, Japan' (JPG 1.4MB)
ワークショップ 「西部北太平洋のシャチ」(2006年2月16日-17日:東京(国立科学博物館新宿分館)

学会誌などに発表

Omata, Y., Y. Umeshita, M. Watari, M. Tachibana, M. Sasaki, K. Murata, and T. K. Yamada, 2006. Investigation for presence of Neoplasma caninum, Toxoplasma gondii and Brucella species infection in killer whales (Orcinus orca) mass-stranded on the coast of Shiretoko, Hokkaido, Japan. Journal of Verterinary Medical Science 68:523-526.

一般紙に記事

ナショナルジオグラフィック(日本版)
 2005年5月号 p.19 日本新発見 海の生物 「集団座礁したシャチを解剖」

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国立科学博物館動物研究部 脊椎動物研究グループ 山田 格 ・ 田島 木綿子
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