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身近な魚の自然史―アイナメの分類と進化(後編) |
アイナメの仲間と系統 アイナメはアイナメ属(Hexagrammos)の1種で、この属のレベルで5種の仲間がいます。そのほとんどがアイナメと同様体側に側線を5本もっています(学名は6本の側線という意味なのですが、実際は5本しかありません!)が、分布域がアイナメと似ているクジメという種は1本しか側線をもっていません。このためクジメにはクジメ属(Agrammus)という別の属が与えられていた過去があります。アイナメ属にはクジメの他に北海道からべ一リング海を経てアメリカのワシントン州まで広く分布するエゾアイナメ(写真3)やその名が示すようにアラスカ湾のまわりだけに生息しているアラスカアイナメなどがいます。 またアイナメ属はアイナメ科の中の一つの分類群と位置づけられています。この科のレベルでホッケ(写真4)を含む2属2ないし3種の仲間がいます。このホッケという種は食用魚として有名です。スーパーや居洒屋でよく見かける「ホッケの開き」のホッケです。一般にアイナメ類とよばれているのは、このアイナメ科に含まれる魚類を指します。そして、この科に含まれる魚種は日本からアリューシャン列島を経てカリフォルニアまでの北太平洋の沿岸域に多少重なりあうように分布しています。 ところで、このアイナメ類はどんな魚類の仲間なのでしょうか?答えはカサゴ、メバル、オニオコゼ、ホウボウ、コチ、カジカなどの仲間です。アイナメとこれらを結びつける待徴は眼のまわりにある骨の状態にあります。アイナメの顔の皮を除去すると眼のまわりに眼下骨という名称の骨があらわれます(図1)。前から2番目の眼下骨は後方に伸び、頬を横切るようになっています。この伸びた部分は眼下骨棚(がんかこつほう)とよばれ、アイナメやカサゴの仲間に特徴的に見られます。このことから以前はこれらの魚類を頬に甲羅をもつ魚類という意味で頬甲類(ほおこうるい)とよんでいました。現在は頬甲類ということばよりカサゴ目という用語のほうが一般的です。さて、アイナメ類はこのカサゴ目の中でどの魚類と近縁だと思いますか?これまで私がおこなってきた形態学的な調査からはアイナメ類と同じく北の海に多いカジカ類に近いことがわかってきました。アイナメ類とカジカ類の近縁性は胸鰭の筋肉の特殊化や尾部骨格の要素の単純化といった特徴によって支持されています。 |
分布がらさぐるアイナメの進化様式 進化の過程で新たな種が生まれるメカニズムを説明する考えに異所的種分化という説があります。この説は広い分布をもっていた祖先種がある時期に地理的な障害などで二つ以上の集団に分割されてしまい、集団のもつ特別な遺伝子が集団内に広まることが原因で新たな種ができるというものです。まずアイナメ、クジメ、スジアイナメそしてウサギアイナメの4種類の共通祖先(図2のa)はかつて日本列島を含む海域が現在より寒冷だったころ、北太平洋の広汎な海域に分布していたと仮定してみてください。そしてある時期にアイナメとクジメの共通祖先(図2のb)の元になる集団とスジアイナメとウサギ アイナメの共通祖先(図2のc)の元となる集団をわける物理的な障害がおこり、前者は比較的暖かい海にすまざるをえなくなったため、その場に適した種になり、もう一方は祖先由来の寒い海に適した性質を保持しつづけたと考えればアイナメとクジメの特異な分布が説明できると思います。日本列島のまわりでは氷河期に日本海などの比較的大きな海が太平洋の本体から切り離され孤立したといわれています。私はこのような地史的なイベントがアイナメとクジメの進化に関係しているのではと考えています。 おわりに アイナメ類の分類は実はまだ完成していません。現在使われている分類は1960年代に別々の外国人研究者によりなされた二つの研究に基づいているのですが、それらの結論が一部で対立しているからです。分類学的な問題の解決には模式標本の調査はもちろんのことですが、アイナメ類は他の魚類では有効な分類形質である体色や外部形態が同種と思われる個体間でも著しく変異を示すことが知られています。そのため実際は形態学だけでは難しいといえます。そこで遺伝学的な調査方法で、生殖隔離の有無を調べ、種の境界線を明らかしようとしています。また同様の方法で分岐年代を推定し上で説明した種分化の仮説を検証し、その結果を基礎に他の沿岸性魚類の進化もさぐりたいと考えています。 |