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頭形変異の原因を点レベルで探る

溝口 優司
図1.6面体要素の変形
図1.6面体要素の変形
〔要約〕

私は、私達の今ある顔かたちが偶然に形成されたのか、あるいは何らかの必然的な理由があってこうなっているのか、という問題を、頭蓋構造の変異の分析を通じて検討しています。ここで紹介する私の最近の研究は、有限要素尺度法という、3次元構造の偏倚を点レベルで分析できる方法で行なった研究です。ほんのわずかな進展でしかありませんが、咀嚼筋の発達によって頭の形にある規則的な変形が生じる可能性がある、ということを明らかにしました。

〔研究の概説〕
世界には様々な顔かたちをした人たちが住んでいますが、そのような顔かたちを持たざるを得なかった何か必然的な理由があるのか否か。この問題を具体的にはっきりさせたいと思って、これまでも今もその研究を行なっています。とくに形態の変異の限界と規則性を発見することができれば、顔かたち、あるいはその構成要素の形成要因や形成メカニズムを明らかにするヒントが得られるかもしれません。
これまで色いろな統計学的手法を使って変異の仕方を分析してきましたが、最近行いつつあるのは、ここに紹介する有限要素尺度法による分析です。
従来の伝統的な形態分析は、長さや面積、体積、角度の直接的な観察値、あるいはそれらを組み合わせた示数に基づく分析でした。また、3次元構造を3次元座標を使って容易に表現できるようになった最近でも、その3次元座標データから再び、長さ、面積、体積、角度などを算出して、従来と同じような分析を行なう研究が多々見られます。
しかし、1980年代になって、3次元構造内の任意の点の近傍の3次元的偏倚の程度と方向を同時に分析できる方法が J.L.ルイスら(Lewisら、1980)や J.シェヴリュードら(Cheverudら、1983)などによって開発され、3次元形態のまさに3次元的な分析が可能になりました。これは有限要素法と連続体力学の原理を利用した、有限要素尺度法(FESM)と呼ばれる方法です。具体的には、任意の4面体または6面体の3次元要素が別の4面体または6面体の3次元要素に変形した時、その3次元要素の中の任意の点での変形の方向と程度を推定する方法です(図1)。
ここでは、この方法を使った私の最初の分析結果を紹介しましょう。具体的な目的は、力学的な実験結果と見なされるべき咬耗(歯の磨り減り)が、どのように頭蓋構造各部と関係しているかを点レベルで明らかにしよう、というものです。用いた資料は江戸時代末期の男性35個体分の頭蓋です。
まず、使うべき計測点の3次元座標を決定し、脳頭蓋に3つの6面体要素を想定します(図2) 。そして、各計測点の3次元座標の平均をとり、その平均的頭蓋を基準にして、有限要素尺度法により各頭蓋の各計測点近傍での3次元的偏倚を推定します。
最初に3次元的偏倚の変異の仕方を大雑把に調べるために、「局所形態差(方向によって異なる偏倚の程度のバラツキを示す変量)」と言われる複合的な変量を使って、主成分分析という多変量の統計学的分析を行ないました。その結果、第一大臼歯の咬耗が弱い個体ほど、fmt や or での異なる方向への偏倚程度の差が大きい、つまり、側頭筋近くの顔面部の形が色々に歪む傾向がある、ということが分りました( (図3・図4) )。
次に、この複合的変量の元になった、各点での3次元的偏倚の方向と程度を示す変量自体を使って、もっと詳細な3次元的変異の主成分分析を行ないました。結果(図5)の有意性は、ブートストラップ法という、コンピューター・シミュレーション的な方法によって確かめてあります。これから言えることは、強い咬耗をもつ個体ほど、脳頭蓋前上部は平たく広く、脳頭蓋後下部は狭く高く(上下に長く)なる傾向がある、ということです。つまり、歯に咬耗を生じさせる咀嚼筋の発達が脳頭蓋の形にある規則的な影響を及ぼしている可能性がある、と解釈することができるわけです。(単に加齢による頭蓋構造の変化の可能性もありますが。。。。(-_-;) これをはっきりさせるには別の分析が必要です。)
今後、さらに異なる現代人集団の3次元データも分析し、顔かたちの形成要因・形成メカニズムの謎に挑戦しようと思っています。
図2.頭蓋の計測点
図2.頭蓋の計測点
図3.脳頭蓋に設定した3つの6面体(正面から見たところ)
図3.脳頭蓋に設定した3つの6面体(正面から見たところ)
図4.脳頭蓋に設定した3つの6面体(斜め上から見たところ)
図4.脳頭蓋に設定した3つの6面体(斜め上から見たところ)
図5.第1大臼歯の磨り減り程度と共変動する頭蓋計測点近傍の3次元構造偏倚
図5.第1大臼歯の磨り減り程度と共変動する
頭蓋計測点近傍の3次元構造偏倚
展示ポスターはこちらから
溝口 優司(みぞぐち ゆうじ)

溝口 優司(みぞぐち ゆうじ)

(退官)

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