珪藻を含む顕微鏡サイズの小さな生き物は長い間コスモポリタン(世界汎分種)ではないかと考えられてきました。しかし、近年の研究によって、珪藻にも地域ごとに異なる種がいることが分かってきました。
1. 古代湖( 琵琶湖) 固有種
琵琶湖(竹生島)
生きている状態のスズキケイソウ(Stephanodiscus suzukii Tuji et Kociolek)黄茶色のつぶは葉緑体で緑の葉緑素の他に黄色い色素を含んでいるため、このような色に見えます。
現在は琵琶湖にだけ分布している固有種です。琵琶湖は約500 万年前に三重県で誕生したあと北西に移動し、約120 万年前から現在の場所で発達したと考えられています。スズキケイソウ(Stephanodiscus suzukii, S. pseudosuzukii)やニセタルケイソウのなかま(Aulacoseira nipponica)は、琵琶湖で進化したと考えられる琵琶湖固有の種類です。以前には北西アメリカの化石種と同一と考えられてきましたが、私の比較検討によって、別種と判明しました。
最近では、ボーリングコアによってスズキケイソウがどのような進化(形態変化)をしてきたかが、明らかにされつつあります。まだまだ、謎の多いなかまです。
ニセタルケイソウのなかま
Aulacoseira nipponica (Skvortzov)Tuji
微分干渉顕微鏡と走査型電子顕微鏡(SEM)でみたスズキケイソウ
2. 湖沼プランクトンの固有種
冬の湯の湖(奥日光)
湖沼の固有種としては湯の湖・中禅寺湖・阿寒湖からそれぞれ固有のものがしられています。しかし、これらの湖はそれほど、長い地質学的な歴史を持っておらず、化石として他の湖からの報告もあることから、今後の研究によって他の湖沼から見いだされるかもしれません。あるいは、偶然、これらの湖沼以外では絶滅してしまい、現在ではこれらの湖沼にのみみられるようになったのかもしれません。
わたしは、これらの湖沼に温泉の流入があることが意味を持っていると考えていますが、実証できていません。
阿寒湖の固有種:
Stephanodiscus akanensis Tuji et al.
中禅寺湖の固有種:
Aulacoseira subarctica
var. logispina (Hust.) Tuji et Houki
湯の湖の固有種:
Aulacoseira subarctica
var. tenuis (Hust.) Tuji et Houki
3. 温泉の湧出や腐植質による酸性環境の固有種
蔵王 お釜 (硫酸酸性)
日本は火山国のため、各地にpH が0-3 の強酸性の温泉が湧出しています。これらの温泉では普通の中性水域に見られる生き物は見ることが出来ず、強酸性水域に固有の生態系が形成されています。珪藻ではハネケイソウやイチモンジケイソウの限られたなかまが見られます。下北半島の恐山にある宇曽利湖はその中でも多くの珪藻研究者によって研究されてきました。
これら酸性水域の珪藻種はその多くが日本固有の種と考えられます。
カムイワッカ湯の滝 (塩酸酸性)
強酸性下での代表的な珪藻種
左上: Pinnularia osoresanensis (Negoro) Fukushima et al.
右下:Pinnularia acidojaponica M. Idei et H.Kobayasi
4. 清水性の固有種
河川清水域 (太田切川:駒ヶ根市)
日本の河川清水域に生息する種については、小林弘氏らによって1960 年代以降精力的に研究され、多くの新種が記載されました。私もクサビケイソウのなかま(Gomphoneis okunoi)について、新種記載を行っています。これら、日本の清水域で見られる種は、欧米の種との共通種が少なく、その多くが日本の固有種の可能性が高いと考えられます。
Achnanthidium japonicum (H.Kobayasi) H.Kobayasi
Synedra rostrata F.Meister
Gomphoneis okunoi Tuji 右側はSEM像
新たな問題 - 外来種-
顕微鏡で観察する必要がある微小な生き物についての研究はまだまだ発展途上です。新種も含め、整理の必要な種類がまだまだたくさんいます。
ところが、現在、日本の水系は私たち人間の力によって大きく変えられています。戦後の高度成長期には、家庭などからの栄養分の流入によって、河川や湖沼の富栄養化問題が発生しました。近年ではブラックバスやブルギルなどの魚類、オオカナダモなどの水草、等々様々な生き物が日本の淡水域に侵入しています。
珪藻も含め微細な藻類もその影響を受けていることは容易に推測できるのですが、研究が遅れているため、その実態はよく分かりません。人知れず、絶滅している珪藻固有種がたくさんいるのかもしれません。
近い将来には、淡水産珪藻の日本固有種についての研究そのものが出来なくなるかもしれないとの危機感を持って仕事をしています。
日本館展示のためのハイビジョン撮影 霧多布にて