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 ヒドロ虫の生物学

並河 洋
 水中(特に,海中)には,陸上では見ることのできない不思議な動物たちが生活しています.群体をつくる動物たちもその一つでしょう.群体とは,無性生殖(自分と同じ遺伝子を持つ分身をつくること)によって,殖えた個体どうしが体の一部などでつながりあって生きている生活の形です.この群体という生活形にみられる不思議さに魅せられて,学生時代から研究を続けています.
群体をつくるヒドロ虫
刺胞動物の仲間であるヒドロ虫は,ヒドラなどを除き,ほとんどが群体をつくります.群体をつくっている個体(個虫とよびます)は,同じ遺伝子を持っています.同じ遺伝子をもっているので,基本的に,タマウミヒドラやドングリガヤのように,個虫はひとつの群体の中でかたちも役割も同じです.しかし,ニンギョウヒドラやハナヤギウミヒドラ,ミサキアミネウミヒドラ,そして,カツオノエボシのように,個虫の間にかたちや役割に違い(分業)のみられるものがいます.どうして個虫の間に分業があるのでしょう? 現在,アミネウミヒドラ属において,生活史上にみられる現象を研究することから,ヒドロ虫類の分類や系統関係を再検討しています.

タマウミヒドラ
タマウミヒドラ

ニンギョウヒドラ
ニンギョウヒドラ

ハナヤギウミヒドラ
ハナヤギウミヒドラ


ドングリガヤ
ドングリガヤ

カツオノエボシ
カツオノエボシ

腹足類キヌボラの貝殻上に生息するミサキアミネウミヒドラ
腹足類キヌボラの貝殻上に生息するミサキアミネウミヒドラ

ヒドロ虫の研究から見えてきたこと
標本調査や生活史研究などの研究から,ヒドロ虫のかたちは,他の動物との関係の変化に応じて変化する場合のあることが明らかになりました.
例えば,アミネウミヒドラ属では・・・
群体を防御するために出現する触手状個虫

ヒドロ虫を飼育
1つのシャーレの中で2種のヒドロ虫を飼育します.成長した群体はシャーレの中央部を境に左右に棲み分けています.触手状個虫は,群体の境界部域(黄色の点線で囲まれた部分)に出現し,他種の群体の成長を阻害しています(右図).
アミネウミヒドラ属の分業する個虫
アミネウミヒドラ属の分業する個虫
A,B: 摂食用個虫,C,D: 生殖用個虫,E:触手状個虫


アミネウミヒドラ属の分業する個虫

棲み家が変わると“かたち”を変えるヒドロ根
ミサキアミネウミヒドラの棲む腹足類キヌボラが死んで,その空殻にヤドカリが入ると,ミサキアミネウミヒドラのヒドロ根(個虫と個虫とを繋ぐ管)は,かたちが変わり,貝殻を越えて成長するようになります.

生きているキヌボラ貝殻上の群体
生きているキヌボラ貝殻上の群体

ヤドカリが棲む貝殻上の群体
ヤドカリが棲む貝殻上の群体

分類学的な問題を考える
触手状個虫の有無やヒドロ根の形状は,これまで種を識別する分類形質とされてきました.今回,これらは周囲の環境によって変化するもので,種を分ける安定した形質になり得ないことが明らかとなりました.他の“かたち”もどれだけ安定したものなのか,まだまだ調べなければなりません. 
興味のつきない群体動物
アミネウミヒドラ属の触手状個虫やヒドロ根以外にも,群体動物では,周囲の環境の影響を受けて“かたち”が変わることがあります.“かたち”というものが「どこまでが遺伝子に支配され,どこから環境で変わるのか?」・・・この問題を考える上で群体動物は大変面白い研究対象です.これからも,ヒドロ虫を中心に研究をすすめ,かたちづくりと環境の関係を明らかにし,群体動物の分類と系統関係の問題を考えていきたいと思います.
展示ポスターはこちらから
並河 洋(なみかわ ひろし)

並河 洋(なみかわ ひろし)

海生無脊椎動物研究グループ

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