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 クジラ・イルカの謎に迫る

山田 格
 日本をとりまく海からは40種ほどのイルカやクジラが報告されています。そのほとんどが体の構造や生態など謎に包まれているものばかりです。私は、かれらの体の構造を知りたくてイルカやクジラの研究を始めました。クジラやイルカはヒトと同じく哺乳類です。哺乳類を含む脊椎動物は今から5億年以上前に海で誕生しました。4億年ほど前になると、陸に上がって生活するものも現れ、ついには哺乳類が生まれます。哺乳類は陸上でよりよく生活できるように進化したのです。それなのに、海に戻っていったヘソまがりがいます。クジラやイルカのなかま(クジラ目)、ジュゴンやマナティ(カイギュウ目)です。アザラシやオットセイも海に戻りかけかもしれません。
基礎的な生物学
跳躍するオウギハクジラ
跳躍するオウギハクジラ
イルカやクジラについてわかっていることはごくわずか、まだまだ「謎」に包まれた生物たちです。なかでも、オウギハクジラは特にわからないことが多かった種ですが、約20年ほどのストランディング調査によって繁殖のサイクル、分布域、餌生物など種の特徴が明らかになってきています。このほかスナメリ、コマッコウのなかま、カズハゴンドウ、シャチなどについて少しずつですが知見を蓄積し、成果を世界に向けても発信しています。
かはくでは原則として研究のためにかれらを捕らえるのではなく、自然界で死んでしまった個体を調査して理解を深めていこうと考えています。
ストランディング調査
羅臼で流氷に閉じ込められて死亡したシャチ
羅臼で流氷に閉じ込められて死亡したシャチ
もともと海の中にいるものが海岸に打ち上げられたり、流れ着いたりすることをストランディングといいます。我々はストランディング個体を研究することで、かれらの謎に迫ろうとしています。病理学的な解剖で死因を探り、胃に残されている食べ物から食性を調べ、卵巣や精巣などから繁殖サイクルを知り、人間がたれ流している環境汚染物質の影響を調べ、進化のあとをたどって体の構造を研究したりするのです。
系統分類
ツノシマクジラの頭骨(タイプ標本)
ツノシマクジラの頭骨(タイプ標本)
分類学は、哺乳類ではずいぶん整理が進んできてはいます。しかし、2002年には、それまで頭骨しか標本がなかったタイヘイヨウアカボウモドキを鹿児島で調査し、外形や体色を含む重要な知見を明らかにしました。2003年にはツノシマクジラを新種として記載しました。それにともない、分類学的な理解が不十分であったいわゆるニタリクジラについて東南アジア諸国や南アフリカなどでも調査し本態を解明しようとしています。
解剖学
セミクジラの骨盤と後肢
セミクジラの骨盤と後肢
海に戻ったかれらの体はどこまで陸の哺乳類の基本型を引き継ぎ、どこまで特殊化しているのでしょうか。胸びれになってしまった前肢を調べてみると、外形はすっかり変化してしまっていても、陸の哺乳類の基本型が保たれていることがわかります。失われてしまった後肢は、種によっては下腿までの骨格が流線形の体の中に隠されている場合もあれば、全く失われている例もあります。
保全
昨年ヨウスコウカワイルカの絶滅が報じられました。対岸の火事のように感じておられるかもしれません。しかし、今年9月に佐渡での放鳥が話題になったトキ、日本固有の個体群は2003年に絶滅してしまっているのです。また、1960年代には日本海に残っていたニホンアシカが絶滅しています。最近では沖縄のジュゴン、一部のスナメリあるいは時折日本沿岸を通過するコククジラなど、絶滅の可能性があり、きわめて危機的なものもあります。豊かな生物多様性は豊かな自然環境を映す鏡です。多様性の保全あるいは種の保全にむけて努力しなければなりません。
展示ポスターはこちらから
山田 格(やまだ ただす)

山田 格(やまだ ただす)

(退官)