展示紹介1 「オートモ号」の時代とその周辺 フォード


日本の初期の国産自動車「オートモ号」を中心に、
同時代の人々の自動車国産化への挑戦を紹介します。

 

1.豊川順弥とオートモ号

 1920年代当時、欧米の自動車のほとんどが水冷式のエンジンを採用していました。しかし白揚社の豊川順彌氏は、日本の小型乗用車には空冷式エンジンが合うと考え、独自に研究・改良を重ねて「オートモ号」を完成させました。

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「オートモ号」に会える?
 大正13年から昭和3年にかけて製作された、初期の国産自動車「オートモ号」。当時製作にあたったのは、現在の東京・巣鴨にあった白揚社の豊川氏でした。『20世紀の国産車』展では、白揚社及び氏に関する資料を元に修復、復元された「オートモ号」を実際に展示しています。作業は当館とトヨタ博物館の共同プロジェクトにより行われました。

復元されたオートモ号

<1925年製オートモ号/国立科学博物館所蔵>
復元された大正12年モデルの「オートモ号」。幌型3人乗りで、全長3メートル、幅約1.2メートル、高さ約1.6メートル、重量約450キログラム。世界でも珍しかった空冷式エンジンを搭載。

 

ダットサン12型

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三菱A型

<1933年製ダットサン12型/日産自動車所蔵> 戦前の国産小型乗用車のうち、最も多く製造された人気車種。戦後も長らく、国産車の代名詞でした。

2.同時代の人々の挑戦

 先人たちによる国内の自動車普及の動きは、関東大震災をきっかけに進出した欧米のフォード、G.M社の技術力・生産力を前に一時停滞しました。しかしその成果は、次世代の日産自動車やトヨタ自動車、いすゞへと確実に受け継がれていきます。

<1917年製三菱A型乗用車/三菱自動車所蔵>

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<1925年製フォードT型/ニューエンパイヤモータ(株)所蔵>
フォードT型 

 

 

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