ハプト藻
円石藻(ハプト藻の仲間)は三畳紀に出現した海生の単細胞植物プランクトンで、細胞の表面にコッコリスと呼ばれる炭酸カルシウムの鱗片を持っています。海洋の主要な第一次生産者の一つで、赤道から亜極域にかけての海洋の有光層(光が届く深さ)に、1リットル当たり数千~数十万個もの個体が生息しています。海洋に大量に生息する円石藻は、生化学的な営みを通じて地球環境に大きな影響を与えています。コッコリス形成を通じて炭素を放出すると同時に、光合成を通じて炭素の固定も行っており、海洋の炭素循環において重要な役割を担っています。また円石藻が放出するイオウ化合物は、大気中にのぼって雲核となって雲の形成を促進し、太陽光の反射率の上昇に寄与して気候に直接的な影響を与えています。
円石藻が形成するコッコリスは、動物プランクトンに捕食されたあとに糞粒中に閉じこめられて深海底に運ばれて化石化します。外洋では河川からの砂や泥の供給がないため、海洋表層から降り積もるコッコリスやその他のプランクトンの化石によって堆積物が形成されます。有名なドーバー海峡の白亜の壁は、白亜紀に深海底に厚く堆積したコッコリス化石が陸上に露出したものです。
円石藻が作るコッコリスは形の変化に富んでおり、リング形、ラッパ形、板状、五角形等さまざまです。コッコリス化石の形態は、海生プランクトンの中でも進化のスピードが早いことが知られています。そのため深海底堆積物中に保存されたコッコリス化石は、海生堆積物の堆積年代を復元するための手がかりとして、深海掘削の研究において広く研究されています。さらに、海洋環境によって群集組成が変化することから、コッコリス化石の群集解析に基づいた古海洋環境の復元にも用いられています。
なぜコッコリスの形はこれほどに多様なのでしょうか? 生息環境によって系統を超えて形態に一定の傾向が見られることから、コッコリスには何らかの機能的な役割があると考えられています。例えば、光がわずかにしか届かない下部有光層に生息する種群は、湾曲した板状のコッコリスを多数もつことから、それらのコッコリスには集光器官としての役割があるのではないかと考えられています。また、浮力調節や、急激な塩分変化に対応するための緩衝帯としての機能の可能性も議論されています。円石藻はその長い歴史の中で、地球環境の変化に対応して、形態を刻々と変化させてきたのかもしれません。
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