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フグ毒 執筆:松浦啓一 |
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脊椎動物 魚類ではフグ科魚類の他にハゼ科のツムギハゼがフグ毒をもっています。ツムギハゼは琉球列島や熱帯の海にすんでいます。中米にすむアテロパス属のカエルやカリフォルニアにすむタリカ属のイモリはテトロドトキシンをもっています。 無脊椎動物 海藻 フグ毒はどこから? このようにテトロドトキシンは動物だけではなく、植物の一部からも発見されました。様々なグループに属する生物からテトロドトキシンが見つかるということは何を意味するでしょうか。ふつうに考えると、これだけいろいろなグループの生物がテトロドトキシンをつくるための同じような仕組みを体内に備えているとは考えられません。 また、同じ種類のフグでも個体によって毒の強さには大きな変異があります。毒が強い個体も非常に弱い個体もいるのです。また、産地によっても毒の強さに変異があります。このような毒の強さの変異はツムギハゼでもウモレオウギガニでも知られています。そして、生け簀で養殖されているフグの大半は無毒です。では、なぜ養殖フグには毒がないのでしょうか。実験的にフグを卵から人間の手で管理し、人間が与えた餌のみで育てると無毒のフグとなります。また、無毒の養殖フグにフグ毒を混ぜた餌を与えると毒をもつようになることも分かりました。つまり、フグはフグ毒を外部から取りこんでいるのです。 これらのことからフグ毒の謎に食物連鎖が関係していることは明らかです。では、フグ毒を食物連鎖でたどって行くとどこに行き着くのでしょうか。その犯人は海洋に大量に生息している海洋細菌でした。海洋細菌の中からテトロドトキシンをつくり出す種類が発見されたのです。それはビブリオ属やアルテロモナス属の細菌でした。 海洋細菌が生産した毒はどのようにして他の動物に蓄積されるのでしょうか。この問題は海洋底の調査によって明らかになりました。浅い東京湾の海底からも8000メートルの深海底からもフグ毒を含む泥が採集されました。海底はフグ毒だらけなのです。海底には有機物を含む泥(デトリタス)を食べる動物が生息しています。これらの動物はデトリタスを食べ、フグ毒を蓄積し、そして食物連鎖を通じて、フグがフグ毒をもつようになると考えられています。だが、まだ謎は残っています。フグ以外の多くの魚がテトロドトキシンをもっていないのはなぜか、言い換えると、なぜフグだけがテトロドトキシンを体内に蓄積できるのでしょうか。その生理的なからくりはまだ解明されていません。 さて、フグがフグ毒をもっていると生存のために有利なのでしょうか。フグを食べた魚は死んでしまうでしょうが、食われてしまえば、フグの命もなくなってしまいます。敵を倒すことはできても、自分も同時に死んでしまっては元も子もありません。一匹のフグが死ぬことによって捕食者が死ねば、フグ仲間の利益になるという考えもありますが、なんとなく釈然としません。この謎も最近解明されました。フグにストレスを与えると体表からフグ毒を放出することが分かったのです。実験水槽にフグを入れて、乱暴に扱うとフグはフグ毒を出します。フグに大型の魚が近よると、フグはフグ毒を放出し、大型魚はフグ毒を感知してフグを避けると考えられます。実際に水槽にフグと大型魚を一緒に入れると、大型魚はフグに接近することはあっても食べることはありません。このようにフグ毒は個体としてのフグの生存に役立っていることが判明したのです。 フグ毒は青酸カリの500倍の強さがある猛毒です。残念なことに高級魚として有名なトラフグやマフグにもフグ毒があります。また、クサフグやヒガンフグ、ショウサイフグなど沿岸で釣れる種類にも毒があります。釣ってきたフグを素人が料理して食べるのは非常に危険です。フグ毒は熱を加えても分解しませんし、解毒剤もありません。命を惜しむなら、フグ料理は免許をもったフグ調理師のいる店で食べるに限ります。 参考文献 清水 潮.1989. フグ毒の謎を追って.裳華房、東京、123 pp. 野口玉雄. 1996. フグはなぜ毒をもつのか 海洋生物の不思議. NHK Books 768. 日本放送出版協会、東京、221 pp. 橋本芳郎.1980. 魚貝類の毒.学会出版センター、東京、xii+377 pp. 吉葉繁雄.1989. フグはなぜ毒で死なないか.講談社、東京、227 pp. |