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タイプ標本は皮1枚 執筆:松浦啓一 魚類の標本は多くの場合、アルコール漬けの液浸標本として保存されています。しかし、18世紀や19世紀には、標本を塩漬けにしたり、皮だけにしてアジアやアフリカからヨーロッパに送っていました。遠い異国からヨーロッパまで標本を運ぶためには何ヶ月もかかりました。当時は飛行機はありませんし、高速の輸送船もなく、頼りになるのは船足の遅い帆船だけでした。ですから、液浸標本を輸送するのは難しかったのです。液浸標本はガラス容器に入れなければなりませんが、ガラス容器は割れやすいし、保存液を入手するのも大変でした。そのため、採集した標本の腐敗を防ぐために、塩漬にしたり乾燥させて運搬することが多かったのです。
モヨウフグ属にも乾燥標本、それも皮1枚のみの標本があります。そして、この皮はタイプ標本なのです。ロンドンの自然史博物館に保存されているArothron carduus のタイプ標本は体の右側をはぎ取った皮だけです。このフグが新種としてCantorによって報告されたのは1849年のことでした。彼はインド洋東部のペナン島で採集された1個体の標本にもとづいて論文を書いたのです。残念なことに彼の記載は非常に短く、図もありませんでした。このためこのフグの正体はよくわかっていませんでした。Cantorの報告以来、追加標本が採集されることもなかったのでArothron carduus はフグ科の分類学研究者に認知されていませんでした。 |