魚さまざま


Database for Aquatic-vertebrate Science

タイプ標本は皮1枚

執筆:松浦啓一

私がこのフグと出会ったのは沖縄の石垣島でした。今でもよく覚えていますが、私が大学院生であった1973年7月の暑い日でした。朝の8時頃に「サバニのたまり場」と呼ばれていた港を歩いていると、刺し網の漁師が網からはずした奇妙なフグに気づきました。まだ生きていて、腹をふくらませ、ばたばたとあばれていました。体は白っぽくて、腹が黄色く、体には多数の黒色縦線が走っていました。非常に目立つ色彩のフグでした。新種ではないかと思ったものの、そのときはモンガラカワハギやカワハギの仲間を研究していたので、このフグは後日研究することにしました。

新種ではないかと思われる標本を入手した場合には、その種と同じグループ(属や科)のすべての種をよく調べる必要があります。現時点で認められている種ばかりではなく、過去に記載され、シノニム(異名)とされた種についても調べなければなりません。新種と言うためには、過去に報告されたすべての種と違うことを示さなければなりません。したがって、新種の発表を行うためには膨大な文献調査や標本調査が必要となります。石垣島で採集されたフグの場合、Cantorの論文に気づいたのは、実は私の研究室で卒業論文を書いていた学生でした。彼はフグ類に興味があり、古い文献を読むことにも関心がありました。彼は「先生、Cantorのフグは石垣島の標本に似ているような気がするんですけど」と言うのです。言われてみると黒色縦線があるという点は似ていますが、他にも黒色縦線を持っている種類はいるので、簡単に結論は出せません。問題は線の数と形でした。Cantorの記載は非常に短いのですが「タイプ標本は全長約15cmで、12本の黒色縦線が背中にある」と述べています。線の数は石垣島で採れたフグと似ていますが、Cantorの論文には線の形や走行パターンが書いてありません。

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