ミャンマーの動植物調査:昆虫綱コウチュウ目アリヅカムシ類
動物研究部 野村周平は総合研究に参加し、ミャンマーの甲虫相、特に微小な土壌甲虫の一群であるアリヅカムシ類について調査を行いました。2017年、2018年、2020年の3回にわたって、ミャンマー南部タニンタリー地域(図 1)および中部のイエジン周辺にて採集調査を行いました。森林や草原の土壌をふるったり(図 2)、ライトトラップ(図 3)や衝突板トラップ(図 4)を設置回収することによって、アリヅカムシなどの微小な甲虫を多数採集しました。
図 1.タニンタリー自然保護区の調査状況。
図 2.野村による落葉ふるいの様子
図 3.タニンタリー自然保護区に設置された吊下げ式ライトトラップ
図 4.タニンタリー自然保護区に設置された衝突板トラップ
野村の調査によって、南部タニンタリー地域から46属79種のアリヅカムシが確認されました(図 5-9)。その多くのものはまだ名前のついていない未記載種です。ミャンマー全体ではすでに46属120種のアリヅカムシが確認されていますが、さらに調査を継続することによって、ミャンマー産アリヅカムシの種数が倍増することが期待されます。2020年度までに得られた資料の中から、ムネトゲアリヅカムシ上族Tribasodites属群の3新種が記載されました(図 10)。また、2021年度には、ヒゲナガアリヅカムシ上族Pseudophanias属の2新種が記載されました(図 11)。
図 5.2017年1月、タニンタリー自然保護区で採集されたアリヅカムシ1/2。
図 6.2017年1月、タニンタリー自然保護区で採集されたアリヅカムシ2/2。
図 7.2018年11月、タニンタリー自然保護区で採集されたアリヅカムシ1/2。
図 8.2018年11月、タニンタリー自然保護区で採集されたアリヅカムシ2/2。
図 9.2020年2月、タニンタリー自然保護区で採集されたアリヅカムシ。
図 10.2020年にタニンタリー地域から記載されたアリヅカムシ3新種、左からBatriclator myanmaricus、 Tribasodites denticornis、 Smetanabatrus alesi.スケール:0.5 mm.
図 11.2021年にタニンタリー地域から記載されたアリヅカムシ2新種、左からPseudophanias spinicornis♂、 同♀、 P. tanintharyiensis♂、 同♀。スケール:1 mm.
ミャンマーのトンボ相概要
ミャンマーのトンボ相についてまとめたものについては古くはSelys-longchampsによるLeonardo Fea氏採集品のリスト(Selys, 1891)にはじまり、「Fauna of British India」シリーズにおける3冊(Fraser, 1933, 1934, 1936)、 スウェーデンの探検隊による採集品などをまとめたLieftinck(1949)などがあげられる。しかし、それ以降は「包括的」にこの地域のトンボ相をまとめた論文は発表されておらず、その他の多くの動植物のグループも含め生物相情報の更新は半世紀以上滞っている状況にある。著者による3回だけの現地調査によっても未記録種や未記載種のトンボ類が多数発見される状況にあり、今後の調査の進展が望まれる地域である。インド・ヒマラヤ地域の要素と、東南アジア地域の要素がぶつかりあう地域であり、種の多様性は非常に高いと考えられるが、陸水環境の乏しさもあり調査は非常に難航している。
さっそく見つかった新種
記念すべき一回目の現地調査ではヤンマ科の新属新種がさっそくみつかった。サラサヤンマ属におそらく近縁なヤンマで、Sundaeschna tanintharyiensis と新種記載論文内で命名した。サラサヤンマ属は東南アジアで標高1,000m程度の地域で見つかることが多いのに対し、本属は標高100m以下で発見された。翅の後縁中程に褐色の斑点があるのが特徴的である。
たくさんの新記録種たち
Platygomphus feae.
原記載から100年以上経ってからの追加記録
Neallogaster latifrons
avidius zallorensis
上記2種のようなヒマラヤ地域との共通種が新たにミャンマーから見つかっている
Cryptophaea saukra
絶滅危惧種の新たな産地を発見
ハチ
ハチ類の調査では主に捕虫網やイエローパントラップを用いた採集をおこなっており、これによってハバチ類、ハナバチ類、狩りバチ類、寄生バチ類、アリ類など、ハチ目に属する昆虫全般が得られています(図 1)。また、上記の方法に加え、昆虫によって植物上に形成された「虫こぶ」の採集もおこなっており、これによって通常の採集では得られにくいタマバチ類(タマバチ科)についても調査を進めています。
特にタマバチ類については、国立科学博物館とFRIによる共同調査が開始されるまで、ミャンマーからの公式な記録はありませんでした。ところが、調査が開始されてからすぐに、コナラ属、シイ属、マテバシイ属といったブナ科植物から、タマバチ類によると思われる複数の虫こぶが山間部において発見されており、実際には多数のタマバチ類が存在していることが明らかになってきました。
現在までにミャンマーから記録したタマバチ類は、Lithosaphonecrus mindatusとAndricus mukaigawaeの2種です。Lithosaphonecrus mindatusはタマバチ科イソウロウタマバチ族の新種として報告しました(図 2、3)(Ide et al., 2020)。マテバシイ属の一種Lithocarpus thomsoniiに形成された虫こぶより得られた本種は、ミャンマーから初めて報告されたタマバチ科の種となります。Andricus mukaigawaeは、日本、韓国、中国、インドなどから記録されているタマバチ科ナラタマバチ族の一種で、新たにミャンマーにおける分布が確認されました(図 4、5)(Ide et al., 2022)。本種はコナラ属の一種Quercus griffithiiに形成された虫こぶより得られています。ナラタマバチ族としてはミャンマーから初めて報告された種となります。
図 1.ミャンマーで採集されたハチ類
図 2.ミャンマーから報告したイソウロウタマバチ族の新種(Lithosaphonecrus mindatus)
図 3.Lithosaphonecrus mindatusが得られた虫こぶ
図 4.ミャンマーで採集されたAndricus mukaigawaeの虫こぶ
図 5.虫こぶ内から得られたAndricus mukaigawaeの成虫