2004年から始まった北大総合博物館に保管されるモヨロ貝塚を中心とするオホー
ツク文化の人骨の整理調査は、資料数を大幅に増加する結果をもたらした。ここ
で、我々が目指すのは、まず第1に、オホーツク文化人集団の時代差と地域差の
解明、アイヌ集団成立過程や地域差へのオホーツク文化人集団の影響、さらには、
北東アジア地域集団の成立過程を確立することである。
新たなる分析としては古代DNAの研究がある。北海道大学の増田研究室で、佐
藤らがオホーツク文化人骨から母系遺伝であるミトコンドリアDNAを抽出し、
近隣集団と比較した (Sato et al., 2007)。その結果、二ヴフやウリチに類似す
ることが分かった。さらに、アイヌと共通するミトコンドリアDNAのタイプも
あり、オホーツク文化人骨がアイヌ集団の形成に関与している可能性を示唆した。
2009年2月23日更新
■ 外伝 「弥生以降の日本列島の北と南―系統と生活誌復元―」 (研究協力者: 石田 肇)
北大総合博物館保管のオホーツク文化人骨の整理、復元を実施した。さらに、頭蓋の計測、非計測項目の調査を行った。非計測項目については、オホーツク文化をサハリン・北海道北部と北海道東部に二分し、分析を実施した。スミスの距離を求めると両者は近いが、Riiでは、差がある。北部オホーツクはサハリンアイヌに近く、また、東オホーツクが、北海道アイヌに近づくのではなく、独自の位置を占めていることが示された。
Komesu A, Hanihara T, Amano T, Ono H, Yoneda M, Dodo Y, Fukumine T, Ishida H. Nonmetric cranial variation in human skeletal remains associated with Okhotsk culture. Anthropol Sci, 2008;116:33-47.
オホーツク文化人の遺伝的特徴を明らかにするために、モヨロ貝塚を含むオホーツク文化期の遺跡から出土した人骨を用いて古代DNA分析を行った。ミトコンドリアDNAコントロール領域を遺伝子増幅し、塩基配列を決定した結果、16個のDNAタイプが同定された。そのうち、6タイプはオホーツク文化人に特異的であったが、残りの10タイプは、現在のサハリンやアムール河下流域に居住する北東ユーラシア民族集団の間で共有されていた。
Sato T, Amano T, Ono H, Ishida H, Kodera H, Matsumura H, Yoneda M, Masuda R. Origin and genetic feature of the Okhotsk people, revealed by ancient mitochondrial DNA analysis. J Hum Genet 2007;52:618-627.
R-matrix法を用いて、近世アイヌの人々の集団内多様性を調査し、北からの遺伝子流入の可能性を探った。オホーツク海沿岸のアイヌは、縄文、続縄文時代から直接由来する均一な集団と考えられない。北東アジアに由来するオホーツク文化の人々が、近世アイヌの形質と文化に影響を及ぼしている。単純なシミュレーションモデルでは、女性により多くの遺伝的影響があったようだ。
Hanihara K, Yoshida K, Ishida H. Craniometric variation of the Ainu: an assessment of differential gene flow from Northeast Asia into northern Japan, Hokkaido. American Journal of Physical Anthropology, 2008;137:283-293. DOI 10.1002/ajpa.20869.
オホーツク文化人骨は、歯の計測値および非計測形質のいずれにおいても、オホーツク海沿岸の集団と近いことが明らかになった。特に非計測形質では、アムール川流域集団との強い類似性がみとめられた。一方、オホーツク文化人は、計測データでは、縄文時代人や北海道アイヌとの類似性が示された。両者に相当な遺伝的交流があったようにみえるが、非計測データではさほどの類似性はなく、やはり縄文、アイヌは東南アジア集団と強い類似性を示した。この形質による類縁関係の不一致の解釈は、今後の課題として残された。
Matsumura H, Ishida H, Amano T, Ono H, Yoneda M. Biological affinities of Okhotsk-culture people with east Siberians and Arctic people based on dental characteristics. Anthropological Science (in press). 2009.
久米島の近世墓に由来する人骨121個体の頭蓋形態小変異を調査した。その結果を基に、近隣の人類集団と比較した。その結果、沖縄は、本島、奄美、先島、久米島と一つにまとまり、弥生時代人を始めとして、本土日本集団とともに、南中国や東南アジア集団との類似も見られた(図1)。これは、近年の遺伝学的研究でも言われているように、先史時代から歴史時代にかけて、本土日本からのみならず、南方からの遺伝的影響を受けている可能性を示唆する。
Fukumine T, Hanihara T, Nishime A, Ishida H. Nonmetric cranial variation of the early Modern human skeletal remains from the Kumejima, Okinawa and peopling of the Ryukyu Islands. Anthropol Sci, 2006;114:141-151.
17世紀から19世紀の農耕民と考えられる、久米島近世人骨(男性57個体、女性45個体)の変形性脊椎関節症の評価を行った。主成分分析の結果、頚椎および腰椎の変形性関節症の頻度が高く、腰椎では椎体前縁部と左右縁部に、頚椎では椎体後方と椎間関節に関節症の頻度が高い傾向を確認した。久米島近世人骨の女性は、頚椎の椎骨後方に変形性関節症の頻度が男性に比べ高いことから、民俗学者らによって示唆されている、頭上運搬による荷重の影響を受けたと思われる。女性においては腰部での重度化を認め、その要因は男女間の食性の差も示唆される。
諸見里恵一,譜久嶺忠彦, 土肥直美, 埴原恒彦, 西銘 章, 米田 穣, 石田 肇. 沖縄県久米島ヤッチのガマ・カンジン原古墓群から出土した近世人骨の変形性脊椎関節症, Anthropol Sci (Japanese series) 2007;115: 25-36.
さらに、四肢骨を観察し、変形性関節症の関節面の重症度をBridges(1991)の基準に従いScale0-4に分類した。 Scale3-4の頻度を比較した結果、男女差、左右差は認められず、Scale4において女性の右肘関節に変形性関節症の頻度が高く有意差を認めた。久米島近世人骨は肩関節、肘関節、膝関節、股関節に変形性関節症の頻度が高く、その因子として加齢に加えて労働に起因するものが考えられた。 久米島近世社会において農耕、機織という労働、その地方独特の耕器具の使用という生活様式が、上肢と下肢の近位関節に変形性関節症の頻度を増加させた原因であると考えられる。
石田 肇・山内貴之・譜久嶺忠彦. 人類学からの研究−日本列島の北と南における古代、中近世の人々の生活誌復元―.臨川書院、2009年(予定)
琉球列島住民の歯牙形態を調査した。北は徳之島、沖縄本島(今帰仁、嘉手納)、宮古島、石垣島の5集団である。歯冠の形態では、石垣や宮古は、幾分、北海道アイヌに近いことが分かった。Fstを調べると、琉球列島自体の地域的変異は比較的大きいが、ここの島々ついて、Relethford and Blangero’s (1990)法を用いた分析では、幾分かの遺伝的浮動が示唆された。
Haneji K, Hanihara T, Sunakawa H, Toma T, Ishida H. Nonmetric dental variation of Sakishima Islanders, Okinawa, Japan: a comparative study among Sakishima and neighboring populations. Anthropol Sci 2007;115: 35-45.
さらに、歯冠近遠心・頬舌径の計測値を調べ、その地域内・地域間の多様性および他のアジア集団との比較検討を行った。歯冠サイズで琉球列島集団はアジアの中で中間値を示すとともに、歯冠形態では相対的に近遠心径が頬舌径より大きく、他の集団とは独立したまとまりを作っていた。R-matrix法およびFstにより検討した結果、琉球列島の集団間多様性は低く、集団内多様性は特に離島集団において比較的高い値であった。
Toma T, Hanihara T, Sunakawa H, Haneji K, Ishida H. Metric dental diversity of Ryukyu Islanders: a comparative study among Ryukyu and other Asian populations. Anthropol Sci 2007;115:119-131.
齲蝕、生前脱落歯、エナメル質減形成、歯石について調査した。齲歯率は女性が 男性より有意に高かった。全体の齲歯率は18.9%であった。生前脱落歯率も女性 が有意に高かった。若年成人と老年成人とに分けて比較した場合、齲歯率、生前 脱落歯率ともに若年成人より老年成人に有意に高い。エナメル質減形成は3歳半 から5歳半にかけて最も多く発生し、頻度は若年成人女性が男性よりも高く、早 く死亡した個体では、幼児期にストレスが多かったことを示していると思われる。 齲歯率、生前脱落歯率が女性に有意に高かったことは、妊娠や更年期など女性特 有のホルモンの変化による影響に加え、米田らの安定同位体分析で、女性が炭水 化物から、男性は魚類からたんぱく質を摂取する傾向があり、文化的社会的な側 面からの男女間の食習慣の違いも反映していると思われる。縄文時代の狩猟採集 民から近世の農耕民への変化にもかかわらず齲歯率に有意な差が無いことは、両 時代の魚類とC3植物の摂取率が似ていることに関連している可能性がある。
Irei K, Doi N, Fukumine T, Nishime A, Hanihara T, Yoneda M, Ishida H. Dental diseases of human skeletal remains of the early modern period from Kumejima Island, Okinawa, Japan. Anthropological Science 2008;116:149-159. DOI 10.1537/ase.070727.
踵骨の距骨関節面の分離型出現頻度は,現代の中部九州および近世久米島集団の分離型出現頻度が高い値を示し,現代の北陸集団及び縄文時代の東北及び北海道集団が,有意に低い値を示した。近世久米島では,足部の内返し及び外返しの動きが必要な生活様式は少なかったと考えられ,分離型の踵骨関節面形状の出現頻度が高いのではないかと思われる。
久高将臣、譜久嶺忠彦、蔵元秀一、西銘章、石田肇. 沖縄久米島近世人骨における踵骨の距骨関節面形状について. Anthropological Science (Japanese Series) 2008;116;115-129.
石田 肇、平田和明 日本列島人類集団における形態と生活誌の多様性、解剖学雑誌、2008;83:134.
縄文時代人骨頭蓋の地域的変異をR-matrix法を用いて検討した。北海道の縄文時代人骨がもっとも変異が大きく、西に行くに従い、変異は小さくなる。このことは、北から徐々に南下、西へ移動したことを示唆する。世界的規模で、同時代の人骨を比較すると、縄文時代人骨は北東アジアのグループに入る。
Hanihara T, Ishida H. Regional differences in craniofacial diversity and population history of Jomon Japan. Am J Phys Anthropol, 2009. DOI: 10.1002/ajpa.20985.
男女の頭蓋計測値を用いたR-matrix法の分析は、先史時代から現代にわたる日本列島の住民の頭蓋形態の多様性を明らかにした。それは、縄文時代人骨が旧石器時代人的特徴を有していること、また、渡来系とされる弥生時代人骨は変異が小さく、創始者効果が考えられるが、現代本土日本人骨形態の形成に大きな寄与が認められること、オホーツク文化人骨はアイヌ人骨形態の形成にある程度関与していること、琉球人骨も現代本土日本人骨とは、形態的に差が見られることなどによるものと思われる。
Ishida H, Hanihara T, Kondo O, Fukumine T. Craniometric divergence history of the Japanese populations. Anthropological Science (in press) 2009.
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旧石器時代人骨の形態と年代の再検討
縄文時代早期人骨の形態学的調査とDNA分析
北海道出土の縄文・続縄文時代人骨のDNA分析
弥生時代の枠組み変化による日本人起源仮説への影響の検討
関東弥生時代人の年代・食性・形態の再検討
頭蓋・四肢骨計測値の地理的変異パターンにおける時代間差の分析