縄文時代にも古墳時代にも、頭の高さには地理的勾配がある
2010年2月24日更新
■ 頭蓋・四肢骨計測値の群内共変動の分析 (溝口)
短頭化現象の原因を探るべく、1992年以来これまで、脳頭蓋計測値と体幹・体肢骨計測値の間の群内での
相互相関を調べてきた。本研究はその一連の分析の続きで、脳頭蓋3 主径(頭蓋最大長、頭蓋最大幅、バジオン・ブレグマ高;図1参照)と顔面頭蓋計測値80項目との関連を主成分分析法ならびにヴァリマックス回転法によって調べたものである。
頭蓋計測値間の相互関係については、頭蓋と体幹・体肢骨についての分析とは異なり、これまでにも多くの研究がある。それらによれば、少なくとも脳頭蓋と顔面頭蓋の幅の間には強い関連があることが期待される。しかしながら、本研究では、その期待に反して、脳頭蓋3主径のいずれかと男女ともに有意な関連を示すような顔面計測値は見つからなかった。これは、男女で共通の因子が多数見つかっている体幹・体肢骨の場合と比べて非常に対照的である。
さらに、よく見てみると、脳頭蓋3主径のどれかが顔面計測値のどれかと有意な関連を持つのはほとんどが男性の場合であり、かつ、単独で有意な関連を持つ計測項目はほとんど頭蓋最大幅ばかりであった(図2)。これは、関連を持つ場合はもっぱら頭蓋最大長であった体幹・体肢骨の場合とは対照的である。
ちなみに、改めて先行研究の材料を調べてみると、調べた報告のほとんど全てが男性のみを使用していた。つまり、男性のみを考えた場合は、本研究は先行研究の結果を支持していることになる。
結局、仮の結論として、次のように言えるかもしれない。
1)顔面構造と脳頭蓋の形は比較的独立に形成される。
2)仮に咀嚼筋などから顔面と脳頭蓋の双方に弱い共通の影響があっても、より強い筋力をもつ男性にしか、その影響は顕現しない。
3)頭蓋最大長はもっぱら体幹・体肢骨と、頭蓋最大幅はもっぱら顔面構造と共変動するため、複雑な短頭化・長頭化現象の振動的変化が生ずる。
とは言うものの、今後、女性の材料も使って同様の分析を多数行ない、結果を確認する必要がある。
脳頭蓋3主径とそれら以外の脳頭蓋計測値64項目との関連を主成分分析法ならびにヴァリマックス回転法によって調べた。
結果、これまでの分析で上腕骨、大腿骨、脛骨などの太さと有意な関連をもつことが分かっている頭蓋最大長と有意な相関を示した主成分は、男女とも、グラベロラムダ長やナジオンラムダ長と有意な相関を持っていた。さらに別の分析において頭蓋最大長と最も高い相関を示した主成分は、男女とも、後頭鱗全体ならびに後頭鱗上葉の正中矢状弦長・弧長、さらに三角縁弦長・弧長と有意なまたは比較的高い相関を持っていたが、後頭鱗下葉正中矢状弦長とは強い相関を示さなかった。なお、有意ではないが、男の頭蓋最大長と最も高い相関を持つ回転因子は、後頭鱗下葉正中矢状弦長および側頭弦長と比較的高い相関を持っていた。
以上の結果から、頭蓋最大長の主要変異原は2つ、すなわち、脳頭蓋前方2/3下部(前頭・頭頂骨下部)および後頭骨にあると思われる。後頭骨の変異には、脳の変異と項平面(項筋)の変異の双方が関連していそうだが、さらに詳細な検討が必要である。
短頭化現象の原因を探るための基礎的分析として、これまで脳頭蓋3主径と個々の体幹・体肢骨計測値の間の関連を調べ、多数の体幹・体肢骨計測値が頭蓋最大長と有意な関連をもつことを確認した。
今回は、それらが互いにどのように関連しながら、あるいは独立に、頭蓋最大長と関連しているのかを、主成分分析法ならびにヴァリマックス回転法によって調べた。
結果、男女とも、椎骨椎体、上腕骨、骨盤、大腿骨、脛骨の代表的な長さ・太さは互いに有意に関連しながら、頭蓋最大長とも有意な関連をもつことが確認された。これは、全身の骨格筋の発達と頭蓋最大長の間に関連がある、とする溝口の仮説 (Mizoguchi, 2001, 2003, 2004)を支持するものである。
■ 頭蓋・四肢骨計測値の地理的変異パターンにおける時代間差の分析 (溝口)
弥生時代頃の西日本に少なからぬ数の渡来民またはその子孫が住んでいたことは間違いのない事実と考えられているが、では、その渡来系弥生時代人がどのように日本列島内を拡散したのか、という問題に関しては、いまだにはっきりした答が出ていない。
本分析では、九州、山陽、関東、東北地方の縄文・古墳両時代人男性の頭蓋計測値8項目のデータを文献調査によって集め、頭蓋形態変異パターンが変化しているか否かを検討した。2時代の4地方間D2距離行列の間に相関があるか否かをマンテルの行列順列検定法によって検定した結果、両時代の地理的変異パターンには有意な相関は認められず、かなり大きな形態的断絶があることが再確認された(図1、図2)。
つまり、地域を通じて並行移動的な時代的変化はなかった、ということになる。ただし、この原因が渡来民の影響の地域差なのか、環境の地域差なのかは不明である。
なお、九州縄文人は、他地域縄文人よりも弥生・古墳人に近いように見える。これは、九州では、弥生時代以前から渡来民の影響が大きかったことを示すものかもしれない(図3)。
縄文・古墳時代人の脳頭蓋の高さに地理的勾配があることは山口(1981)、百々(1982)、Mizoguchi and Dodo (2001)、溝口(2006)らによって指摘されているが、これらが日本列島内での人の移動の跡を示すものなのか、環境の地域間差によるものなのかは未だに不明である。本研究では、この問題に一歩踏み込むべく、縄文・古墳時代の頭蓋・四肢骨計測値における地理的変異パターンと、現代の気温、湿度、降水量などの環境変数の地理的変異パターンを、マンテルの行列順列検定法を使って比較した。
その結果、10%の有意水準でではあるが、以下のようなことが示された。
・頭蓋の変異パターン
・縄文・古墳間に関連なし
・縄文・古墳ともに緯度と関連 (緯度を固定して偏相関をとると、縄文・古墳間に関連なし)
・古墳で年平均湿度と関連
・頭蓋+四肢骨の変異パターン
・縄文・古墳間に関連あり
・縄文・古墳ともに年平均気温と関連 (気温を固定して偏相関をとると、縄文・古墳間に関連なし)
以上の結果は、骨の計測値が縄文時代から古墳時代にかけて地域ごとにバラバラに時代的変化をしてきたことを示唆する。これ(骨計測値の地理的変異パターンに時代間の類似性がないこと)が移住パターンの時代間差によるものなのか否かは現時点では不明であるが、今回の分析により、少なくとも、なぜ、縄文・古墳時代のそれぞれで、骨の計測値が緯度あるいは気温と関連しているのか? 四肢骨の方が頭蓋よりも環境の影響受けやすいのか? あるいは、古墳頭蓋のみ湿度と関連することに意味はあるのか? といった新たな問題が出てきた。骨と環境変数の間の関係については、今後さらに詳細な研究が必要であることは間違いない。
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