2008-11-25
謎の植物 ナンジャモンジャゴケ (協力:植物研究部 樋口正信)
謎のコケ ナンジャモンジャゴケへの挑戦
ナンジャモンジャゴケが苔類の新種として発表された時,根拠とされていたのは苔類のコマチゴケ目との間にみられた幾つかの共通点でした。
茎の下部から新しい茎が発達すること,枝分かれがないこと,維管束植物の根に似た構造(仮根)が存在しないことなどです。葉のつき方は一般の苔類よりも蘚類に似ているようでしたが,似ているとされたコマチゴケがもともと苔類の中で例外的に蘚類に似た形状の葉を持っていたため大きな疑問にはなりませんでした。
その後資料が集まる中で造卵器を持つものが見つかり,確かにコケ類に属することが確認されました。しかし見つかるのは配偶体ばかりで,分類の決め手となる胞子体が未発見のため,分類上の位置を確定することはできませんでした。細胞について調べると,染色体が4本(n=4)しかなく,この少なさも原始的,或いはコケ類の退化した姿と考えられました。化学成分の研究では苔類よりも蘚類に似た成分を持つことが判ったり,蘚類のクロゴケ類と似た構造を持っているという指摘も出されましたが,いずれもその所属を決める決定打とはなりませんでした。
□ 胞子体の発見
1975年以来アリューシャン列島でヒマラヤナンジャモンジャゴケを調査していたアメリカのスミス博士がついに1990年にヒマラヤナンジャモンジャゴケの胞子体を発見しました。そして,胞子体の特徴からナンジャモンジャゴケは苔類ではなく蘚類とすること,蘚類の中では,クロゴケに近いと考え,クロゴケ綱をクロゴケ亜綱とナンジャモンジャゴケ亜綱とすることを提唱しました。
1994年には樋口(国立科学博物館)によって中国でもヒマラヤナンジャモンジャゴケの胞子体が発見されました(詳細後述)。研究の結果,蘚類の中でもクロゴケとは異なっていることを指摘し,蘚類をナンジャモンジャゴケ亜綱・クロゴケ亜綱・ミズゴケ亜綱・マゴケ亜綱の4亜綱に分けることを提唱しています。
□ 謎は残る
遺伝子の本体であるDNAの塩基配列決定法の格段の進歩により,20世紀後半から分子系統解析(※4)が広く行われるようになりました。ナンジャモンジャゴケについても試みられ,蘚類であることなどが明らかになりましたが詳細な類縁関係は不明です。
正体不明とされたナンジャモンジャゴケも50年の間に次第に多くのことがわかってきました。しかし,例えば次のような謎が残っています。
(1)ナンジャモンジャゴケの雄植物と胞子体は未発見
(2)ナンジャモンジャゴケ類の系統関係
(3)ナンジャモンジャゴケの高い遺伝的多様性の理由
(4)胞子発芽,原糸体,原糸体からの植物体の発生過程は不明。
※4 分子系統解析とはDNAの塩基配列やタンパク質のアミノ酸配列の比較によって,生物の系統関係を推定する方法です。形態の情報が乏しい生物においては特に有効と考えられています。