2009-06-15
11月に南極へ ― 砕氷艦『しらせ』2代目就役(協力:海上自衛隊横須賀地方総監部)
氷のタイムカプセルから
2009年4月,南極の氷床の下で150万年以上に渡って外界の大気や光,栄養供給から遮断されていた湖の中で生物が生き延びていたとする研究が,アメリカの科学誌『サイエンス』に発表されました。
湖自体は1960年代から存在を知られていましたが,氷床を掘削して湖まで到達することは難しい上,掘削によって湖の環境を汚染する危険もあったため,これまで詳しい調査は行われませんでした。
大陸東部,テイラー氷河の末端(南緯77度72分,東経162度27分)では,赤茶けた水が氷河の下から流れ出しており,その色から『血の滝』と呼ばれてきました。水源は約4km離れた,厚さ400mの氷の下にある湖でした。かつての海が150〜400万年前の氷河の拡大によって閉じ込められ,最低でも150万年間密閉されてきた湖です。
ハーバード大などのチームは今回,血の滝の水を採集し,酸素をほとんど含んでいない湖水の中で,最低でも17種類の微生物が生息していることを明らかにしました。
光もない,酸素もない,外部からの栄養供給もない湖で,微生物はどのようにして生き延びてきたのでしょうか?
遺伝子分析と硫酸塩中の酸素同位体分析の結果,それらは酸素の代わりに硫酸塩を呼吸に利用する微生物に近い種類であることがわかりました。とは言っても湖水に含まれる硫酸塩を直接呼吸している訳ではなく,硫酸塩中の硫酸イオンを代謝する独自のシステムを持っているようです。
湖を覆う氷床は移動に伴って,周囲の岩盤を次第に削り取ってきました。岩盤は豊富な鉄を含んでおり,微生物の硫酸イオンの代謝に伴う還元反応により,鉄は鉄イオンとなって水中に溶け込みました。『血の滝』の赤茶色の正体は,地上の空気に触れたために錆びた,この鉄分の色だったのです。
酸素や光に依存しないこの微生物の存在は,たとえばかつて地球が凍結していた時代を生物がどのようにして生き延びたのかを考えるヒントになる可能性があります。火星の永久凍土の下に,似た生物が見つかるかもしれないと期待する研究者もいます。
過去の地球を知るヒントを与えてくれるのは,閉ざされた湖ばかりではありません。
南極の氷床の中には,氷が雪として降り積もった当時の大気がそのまま閉じ込められています。大気中にはその時代に生息していた微生物や,菌類の胞子・植物の花粉などが含まれており,当時の気候を知る手掛かりとなります。人間が活動を開始した後の大気であれば,温室効果ガスの増加もわかります。
日本隊は1995年から1996年に掛けて,深さ約1500メートル,時代にして34万年分の氷床の掘削に成功しました。採取した柱状の氷のコアの分析から,過去34万年間の大気中の二酸化炭素濃度と,気温の変動に密接な関係があることがわかりました。特に氷期から間氷期に向かう温暖化の時代には,温暖化によって二酸化炭素の濃度が上がり,増えた二酸化炭素が更なる温暖化を促進するという相乗効果が確認できました。
日本隊は更に2006年,深さ3,000メートルを越える掘削にも成功しました。これはおよそ70〜100万年分にも達し,世界でも最も古い氷のサンプルのひとつです。
写真:2006年に撮影された『血の滝』(Peter Rejcek/National Science Foundation)
(研究推進課:西村美里)