美味しい?危ない?きのこの秘密 (協力:植物研究部 保坂健太郎)
「毒きのこ」は見分けられるか?
煮る,焼く,だしをとる。きのこは私たちの食生活に,欠かすことの難しい食材です。山や林でのきのこ狩りは,秋の楽しみのひとつでもあります。
しかし一方で,きのこの毒による中毒被害は毎年後を絶ちません。特に9月〜11月は,被害の報告が多くなっています。
現在日本で名前がつけられているきのこはおよそ2千種。そのうち人体に致命的なダメージをもたらすきのこは約30種あります。死に到るほどの危険はないものの体調を崩す可能性のあるきのこ,食べ過ぎたり古くなったものを食べたりすると良くないきのこもあります。
被害報告で特に多いのが,クサウラベニタケとツキヨタケです。
クサウラベニタケは夏から秋,広葉樹林やアカマツを含む林の地面や落ち葉の間にまとまって生えます。食用のウラベニホテイシメジと良く似ており,間違って食べてしまうことが多いようです。
生える場所や時期がほぼ同じで,実際両者がすぐ傍で見つかる場合もあります。食べられるウラベニホテイシメジは独特の苦味があり,クサウラベニタケは苦くないことも紛らわしさを助長します。
傘の表面に指で押したような模様がついているのがウラベニホテイシメジで,クサウラベニタケには模様はありません。クサウラベニタケはウラベニホテイシメジに比べて軸の部分が脆く,崩れやすいのも特徴です。
クサウラベニタケの中毒では,主に嘔吐や下痢などの消化器系の症状が表れます。呼吸困難や心臓発作に繋がる場合もあり,最悪の場合死亡することもあります。
ツキヨタケも夏から秋によく見られるきのこで,ブナやナラなどの広葉樹林で枯れ木の幹につきます。柄が短く褐色の傘を持ち,食用のシイタケやムキタケ,ヒラタケに良く似ています。特にムキタケとは同じ場所に生える場合も多く,誤って販売されての事故も起こりました。
ツキヨタケには発光成分が含まれており,暗闇で青白く光を放ちます。しかし古くなった個体は光らない場合もあるため確実な見分け方とは言えません。
傘の部分を縦に割ってみると,ツキヨタケでは柄の付け根部分に黒っぽいしみが見られることがあります。似た姿の食用きのこにはしみはありません。しかし,全てのツキヨタケに必ずしみがあるとも言えないようで,こちらも決め手にはなりません。
ツキヨタケの中毒症状も多くは嘔吐や下痢ですが,手足の痺れや,見るものが青く見えるという色彩幻覚,意識障害が起こることもあります。症状は数日間続くことが多く,嘔吐・下痢から来る脱水症状のために死に到ることもあります。
この他にも食用のきのこに似ていたり,食用のものと一緒に,或いはすぐ傍で採れる有毒きのこは複数あります。安易な判断,試食は危険です。「食べられそうに見える」ではなく「食べられないかもしれない」ことを前提に,危ない橋はうかつに渡らないようにしましょう。
食べられるきのこの見分け方として「柄が縦に裂ければ大丈夫」「色の地味なものは大丈夫」「虫が食っていれば大丈夫」「茄子と一緒に調理すれば大丈夫」など,様々な伝承が伝わっています。しかし,日本のきのこ全てを網羅できる見分け方はなく,虫や茄子については全くの迷信です。
図鑑に毒きのことして載っている写真と姿が違えば安心したくもなりますが,違いが明確でない場合個体差である可能性も否定できません。
きのこが何故毒を持つのかは,今のところ良く判っていません。
スギヒラタケは元々食用として知られていたきのこでしたが,2004年に突然中毒例が報告されました。変異のため,環境の変化のためなど説が出されましたが,原因は判らないままです。
毒がないとされるきのこでも,食べ方によっては中毒する危険があります。
前頁でご紹介したように,きのこは菌糸がたくさん集まってできたものです。菌糸は数多くの細胞からなり,細胞は全て細胞壁を持っています。細胞壁の中には人間が消化できない成分も含まれており,適量の摂取なら食物繊維として,消化管内の環境向上に役立ちます。
しかし生(※1)のまま(細胞壁が硬いまま)食べたり,多量に食べたりすると消化不良の原因となります。
ヒトヨタケは秋に見られることが多く,雑木林から道端まで広い範囲に分布します。
初めは白い卵形ですが,胞子が成熟すると傘の端から黒い液状に変わり,一晩で溶けてなくなってしまうことからこの名前があります。
溶け始める前の若いヒトヨタケは食用となります。しかし一緒に,或いは食後にアルコールを摂取すると,頭痛やめまい,吐き気,意識障害など酷い悪酔いに似た症状が出ます。これはエタノールの分解過程で発生するアセトアルデヒドの代謝(※2)が阻害され,体内にアセトアルデヒドが蓄積されるためです。アセトアルデヒドは人体に有毒で,悪酔い,二日酔いの原因となります。
この効果は約1週間続き,その間は直接の飲酒はもちろん,エタノールを含むドリンク剤や香水,化粧品などでも症状が出ることがあるため注意が必要です。
※1 消化とは問題が異なりますが,多くのきのこは加熱することによって旨みが生じるため,美味しく味わう意味からも,生食よりも調理することをお勧めします。
※2 体内に摂取されたエタノールは,肝臓の働きによって酸化されてアセトアルデヒド,次いで酢酸に変化します。酢酸は更に中間物質を経て,最終的には二酸化炭素と水に分解されます。日本人を含めモンゴロイドではアセトアルデヒドを酢酸に分解する酵素の働きが弱い人の割合が高く,酒が飲めない,或いは酒に弱い人が多くなっています。
まとめ
@ そのきのこが毒か食用か,100%見分けられる見分け方はありません。
A 食用のきのこに姿が良く似ていたり,
食用のものと同じ場所に生えたりする毒きのこもあるため注意が必要です。
B きのこの毒が何のためにあるのかは良く判っていません。
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写真:間違えやすい食用きのこと毒きのこ(国立科学博物館蔵)
上左 タマゴタケ(食) 右 ベニテングタケ(毒)
下左 ウラベニホテイシメジ(食) 右 クサウラベニタケ(毒)