海に棲んでいる哺乳類たちについて知ろう!“海棲哺乳類の多様性―東アジア沿岸域の現状―”
アジア沿岸域の海棲哺乳類の現状 ---今、かれらはどのように生活しているのだろうか?
アジア沿岸域の様々な海棲哺乳類の現状の報告について紹介していきましょう。
○ 揚子江における鯨類保全と絶滅の可能性が高いヨウスコウカワイルカ
揚子江を分布域とする鯨類は、ヨウスコウカワイルカ(学名:Lipotes vexillifer)とヨウスコウスナメリ(学名:Neophocaena phocaenoides asiaeorientalis)の2種です。これら両種とも、過去30年の間に大きく個体数が減少してしまい、分布域も大幅に縮小しました。
特にバイジー(ヨウスコウカワイルカ)については、事実上の絶滅が2006年に宣告されました。これは国際的な研究者チームによって、分布域全域での広範な調査で一頭も発見されなかったことによります。この時の調査による、ヨウスコウスナメリの最新の個体数推定では約1800頭で、1991年以来、半数以上が消滅しており、年間の減少率は5%になります。これらの両種が直面してきた主な脅威は、乱獲、違法な捕獲、過密な水上交通、土木工事、水質汚染などです。
これまで30年間に現地での、保護水域、飼育下での保全対策が行われてきており、これからの、河川での(少なくとも現在の保護水域における)漁業の禁止、現在のTian-e-Zhou Oxbow保護区の拡張と類似の保護水域の制定、飼育繁殖プログラムの強化など、将来の保護を行っていくことが重要です。
○ ガンジスカワイルカの現状
ガンジスカワイルカ(学名:Platanista gangetica gangetica)はインド亜大陸に棲息する淡水性鯨類の中で最もカリスマ性のある大型動物であり、インド、ネパール、バングラデシュを流れるGanga-Brahmaputra-Meghna川とSangu-Karnaphuli川の両水系に分布します。ガンジスカワイルカは、潮間帯から遊泳可能な流域の全域に分布しています。全分布域の約2500頭、そのうちインドには2000頭以上、ネパールに数10頭、残りがバングラデシュに棲息しています。ガンジスカワイルカがさらされている脅威として深刻なものは、油脂を求める密漁、河川水質の汚染、流量の減少、沈泥、個体群を分断する堰やダムの建設による河川の変化などの環境の劣化などで、有機塩素、有機スズ、フッ素置換化合物、重金属など、河川中の有機物質の増加が自体をさらに悪くしています。
これらの結果として、全流域でガンジスカワイルカの個体数は減少しており、インドやネパールの小さな支流の大半、ヒマラヤの麓からのガンジス川本流約100kmなどでは完全に見られなくなっています。ガンジスカワイルカはインドの野生生物(保護)法(Wildlife(Protection)Act 1972)の第一カテゴリに含められて法的に保護されていますが、過去20年間、この法律の実効は現れていませんでした。
1980年代と1990年代の研究と保全の努力によって、ガンジスカワイルカの現状と、ガンジスカワイルカが直面している脅威が明らかにされただけでなく、大衆の認識も向上しました。2001年には、司法の介入があり州と中央政府に保護の手立てを講ずるように要請がなされました。このことによって、行政官、メディア、一般大衆の問題に対する意識を敏感にしました。2010年にはインド政府はガンジスカワイルカをNational Aquatic Animal(国の水産動物)に指定して、特に若い市民の関心を高め、保全と保護の支持を得ようとしています。
○ 日本のスナメリの動向と保全
スナメリは体長1.5−2mの小型鯨類で、ペルシャ湾から中部日本に至る、水深50m以浅の海と一部大河に生息します。このような線状の分布により、地理的変異の蓄積が進んで、たくさんの個体群が形成されたと考えられます。系統分類学的な考察のためには、地理的変異の全体像を把握することが先決です。スナメリの生息域は、人類の影響を受けやすく、多くの個体群が存在が認識されることなく消滅するのではないかと危惧されています。
日本沿岸のスナメリの分布は、大陸とは不連続で、5個以上の個体群からなります。それらの一つである瀬戸内海個体群について、2回のフェリー調査(1976-78年、1999-2000年)の結果を比較してみると、1) 発見頭数/航海は全18ルートで低下している、2) 発見頭数/kmは、中部・東部海域で約10%に、西部海域で約50%に低下している、3) 面積を考慮すると瀬戸内海個体群は1/3に低下(年減少率5%)したことが示されています。多くの漁業者は、第1回調査時以前から減少があったと考えています。
減少の原因には、事故死(漁網・船舶)、健康被害(残留性化学物質汚染)、生息域消滅(埋立・砂利採取)、生活妨害(音響汚染)などが考えられるなかで、漁網事故のみが実証済みで、かつ現実に対応可能なものでもあります。これ以上の減少を止めて、かつ個体数の回復を図るためには、漁業事故防止に速やかに取り組むことが不可欠であると考えられます。これは他の生息地にも共通する課題であるといえます。
○ タイ海域の鯨類とシャム湾北部の沿岸個体群の分布
タイ海域(アンダマン海とシャム湾)では25種の鯨類が記録されています。タイの海岸線延長、約 2,610 kmのうち、シャム湾北部の海岸線はは402 kmあります。この海域の面積は9,530 km2あり、7つの行政区画(都道府県に匹敵)にまたがります。この海域において、目視調査やストランディング調査は2003年に始まり、カツオクジラ(学名:Balaenoptera edeni)、カワゴンドウ(学名:Orcaella brevirostris)、スナメリ(学名:Neophocaena phocaenoides)、シナウスイロイルカ(学名:Sousa chinensis)、ミナミハンドウイルカ(学名:Tursiop aduncus)、ユメゴンドウ(学名:Feresa attenuata)、ハセイルカ(学名:Delphinus capensis)の7種が確認されています。もっとも多いのはカワゴンドウで、100頭程度ですが河口付近や海岸線沿いで1頭でまたは15頭程度の群れで見ることができます。10頭程度(群は1-4頭程度)のカツオクジラや、30頭ほどのスナメリが沿岸で見られます。シナウスイロイルカは回遊性のようですが、 5頭見られています。ユメゴンドウ2頭、ミナミハンドウイルカとハセイルカ各1頭ずつのストランディングが報告されています。
カワゴンドウとカツオクジラは、通年この海域で摂餌している可能性があるのですが、カワゴンドウが最も頻繁に見られるのは10月から1月、カツオクジラは4月から9月です。カワゴンドウは、特にナマズ(学名:Plotosus canius)を好んで食べる傾向があります。カツオクジラは、アンチョビのなかま(学名:Stolephorus indicus) とイワシ (学名:Escualosa thoracata)などを食べます。さらに、小型の甲殻類 (学名:Acetes, Lucifer, Mesopodopsis, Acanthomysis)をも食べているようです。1頭あるいはグループで岸から3〜20km 、深さ10〜15m程度の海域でよく突進摂餌しています。小型鯨類に対する脅威は、漁具や人工の堰などです。タイでは、鯨類は全て野生動物保護保全法(Wild Animal Preservation and Protection Tax Act B.E.2535)(1992年)によって保護されています。
○ 日本周辺におけるミナミハンドウイルカの生活
ミナミハンドウイルカ(学名:Tursiops aduncus)はインド洋から太平洋西部の暖温帯から熱帯域に分布します。九州の天草諸島、伊豆諸島御蔵島、小笠原諸島周辺海域には周年定住型の個体群が生息します。身体や背びれの傷を自然標識として個体を識別して個体数が推定されていますが、いずれの個体群も数百頭以下と小さいです。本種は浅い沿岸域に分布して、人間との関わりとしては、イルカウォッチングの対象となっており、あるいは漁具に絡まるなどの事故にあうこともあるようです。
○ 北海道周辺における鰭脚類(ききゃくるい)の現状と生態の変化
北海道周辺には鰭脚類(ききゃくるい)のうち、5種類のアザラシ科(ゴマフアザラシ・ゼニガタアザラシ・クラカケアザラシ・ワモンアザラシ・アゴヒゲアザラシ)と2種類のアシカ科(トド・キタオットセイ)が来遊し、生息しています。その中でも、アザラシ科のゴマフアザラシとゼニガタアザラシ北海道で良く見られます。
ゴマフアザラシとゼニガタアザラシは近縁種ですが、その生態には違う点が多くみられます。両者とも近年狩猟の減少に伴い個体数が増加しており、さらにゴマフアザラシは流氷勢力の減少によって、これまで来遊のほとんどなかった北海道日本海側に、年々その来遊の個体数が増加し、上陸場の増加もみられ,来遊場所が南下拡大し、来遊時期は早期化して退去時期は遅延化する傾向が見られています。礼文島では周年棲息が、そしてトド島での繁殖も確認されています。一方で、ゼニガタアザラシは新しい上陸場は増加していませんが、同じ上陸場内での上陸する面積は拡大しています。また、20年前と比べると、雌雄ともに小型化し、性的二型が無くなり、繁殖年齢も高齢化していることが明らかになっています。
○ タイのジュゴン保全のための藻場の重要性
タイでは最近10年ほどの間に藻場が大変重要であるという認識が深まっています。藻場とは、沿岸域(大陸棚)に形成された様々な海草・海藻の群落のことです。2004年には約150 km2におよぶ藻場のマップが作成されました。現状では、藻場の海藻は12種が報告されているに過ぎません。しかし、藻場は,経済的に重要な種や多様性の高い海洋動物相と植物相が育つ場を提供して、重要な役割を果たしています。
ジュゴンとウミガメは、藻場を餌場としています。藻場で摂餌する大型の動物には,ミナミハンドウイルカ、カワゴンドウ、シナウスイロイルカ、スナメリなどが含まれます。マレー半島の西側のアンダマン海の藻場では、多種にわたる魚類や無脊椎動物が多数知られています。タイの藻場は、小規模漁業にとって非常に重要です。 2004年のインド洋大津波以降、藻場は海岸を浸食から守るために重要な役割を果たしていると考えられるようになりました。しかし、プッシュネットや沈泥などの人間による攪乱は長期にわたり藻場の劣化を引き起こしています。
最大の藻場はTrang 地方の海岸線で総計34km2に及び、ジュゴンの最大の群が棲息しています。Trang地方の住民は、「ジュゴン」との関連で藻場を保護してきました。彼らはジュゴンを目玉の一つにしているからです。地元自治体は1991年に、Trang地方の四つの主要な藻場での、ジュゴンに有害だったり、藻場を汚染したり、するような操業の禁止を宣言しました。これら四つの地域での違法操業を減少させようとするパトロールが、地元の住民と七つのセクターの協力で行われています。2007年には藻場とジュゴンのための国の行動計画が作成されました。藻場はジュゴンの食事の場所であるだけでなく繁殖と子育ての場でもあるのです。このように、藻場の保全はジュゴンを保全する有効な解決策のひとつであるといえるでしょう。