2008-10-23

速報:ノーベル化学賞受賞:緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見と開発 (協力:理工学研究部 若林文高・動物研究部 並河洋・植物研究部 細矢剛)


蛍光タンパク質が教えてくれるもの

 GFPは発見当初,単に「綺麗なタンパク質」という程度の評価しか受けていませんでした。その評価が高まったのは発見から約30年後,GFPの形成に関わる遺伝子が同定され,今回のノーベル賞の共同受賞者であるチャルフィー氏のグループがその遺伝子を大腸菌や線虫の一種であるC. elegans(※3)の遺伝子に組み込んで,その体内で実際にGFPを発現させることに成功してからでした。チェン氏は,更にGFPの遺伝子そのものに手を加え,緑以外のさまざまな色でしかも効率よく光らせることに成功し,GFPの応用範囲を格段に広げました。

 生物の細胞の中にあるタンパク質は,通常の状態では光学顕微鏡で観察することはできません。細胞内のタンパク質を観察するためには細胞をすり潰して,タンパク質の種類や量を計測するか,組織ごと色素で染めてタンパク質の存在する位置を特定するくらいしかありませんでした。どちらの方法でも細胞・組織は死んで,同じ観察をもう1度行うことはできなくなります。細胞の中でのタンパク質の連続した振る舞いを追跡することもできません。
 細胞の中に蛍光物質を組み込もうという考え方は以前からありましたが,たとえ組み込みに成功しても細胞が分裂するたびにひとつの細胞に含まれる蛍光物質の量が減り,その結果光が弱まりやがては見えなくなってしまいます。
 これらの問題を同時に解決したのが,GFP遺伝子の組み込みでした。GFPはタンパク質そのものではなく,タンパク質を作る遺伝子の状態で細胞内に組み込まれるため,細胞が分裂しても変化したり,減ったりすることはありません。また,光らせるためには紫外線または青色の光を当てるだけでよく,目的とするタンパク質にGFPを付加しておけば,細胞の活動は維持させたまま,光学顕微鏡で容易にしかも感度良く観察することができます。

 GFPは現在,生命科学や医学などの研究ではば広く使われています。
 癌細胞の増殖の様子や,転移の様子,アルツハイマー病で神経細胞が死んで行く様子などが観察でき,病気そのものの理解に役立つだけでなく,癌の手術時に転移のあるリンパ節だけを見分けて切除するなど,治療への効果も期待されます。
 またマウスでは骨髄移植の際,提供するマウスの骨髄にGFPを付加しておくことで,その骨髄が移植を受けたマウスの体内でどのように振舞うのかを追跡できるようにもなっています。

 京都大学の山中伸弥教授らによって一昨年開発された新型の万能細胞(iPS細胞)にも,GFPが使われています。iPS細胞は皮膚の細胞に複数の遺伝子を組み込むことでつくられていますが,開発初期の成功率は皮膚の細胞1万個に対してiPS細胞1個程度と非常に低いものでした。そこで山中教授は,様々な組織に分化する可能性のある万能性を持った細胞で働くNanog(ナノグ)というタンパク質にGFPを付加しました。こうすることで,発光する細胞を選ば,Nanogを持ち,万能細胞に近い状態になっている細胞を見分けることができます。

 このようにGFPは,現在の生命科学分野になくてはならない道具となっているのです。

※3 線虫の一種Caenorhabditis elegansは,多細胞動物として初めて全ゲノム配列が解読された生物です。体長は約1ミリと小さく,僅か1,000個程度の体細胞しか持っていませんが,脳に相当する器官を持つこと,有性生殖を行うこと,世代交代が早いこと,体が透明で内部を観察しやすいこと,ゲノムのおよそ1/3が人間と共通していることなど,研究対象として優れた特徴を多く持っており,多細胞生物のモデル生物として近年盛んに研究されています。

写真:GFP遺伝子の導入により緑色に発光するマウス(Wikipedia)


(研究推進課 西村美里)