2011-07-22
「東日本大震災被災標本レスキュー活動」 − 藻類標本の救出
山田町立鯨と海の科学館の被害
山田町は、岩手県中央部に位置する太平洋に面した漁業の町で、古くはイルカ漁(大正時代まで)、戦後は日東捕鯨株式会社が設立された昭和24年から昭和62年まで商業捕鯨が行われていました。山田町立鯨と海の科学館(以下、鯨館)は、山田町に縁の深い「鯨」と「海」をテーマにした科学館として、平成4年に山田湾と船越湾に挟まれた船越地区に建設されました。
鯨館は開館以来、テーマ実現のために鯨と海藻の展示に力を入れ、商業捕鯨末期に捕獲されたマッコウクジラやミンククジラの骨格標本などともに、鯨館のスタッフが長年かけて製作した多種多様な海藻の押し葉標本約500点を収蔵・展示していました。そして、昨年12月には約8万2千点(公称。押し葉標本8万点、液浸標本2千点)の海藻標本が、山田町の海藻を長年採集・研究されてきた吉崎誠博士(東邦大学名誉教授)から山田町へ寄贈されました。
吉崎博士によって半世紀近くかけて収集された、海藻標本としては国内2〜3番目の規模の点数を誇る貴重なコレクションであり、海外の研究者から贈られた外国産海藻の押し葉も含まれていたといいます。このコレクションは、鯨館に隣接した「マリンパーク山田」地区旧食堂(プレハブ施設)内に仮設された海藻標本室に収蔵されました。その輸送作業は昨年末から3回に分けて行われ、すべての搬入を完了したのは今年の3月4日でしたが、それは津波が襲来する1週間前でした。
鯨館の建物は中央の大きな吹き抜けを中心とした3階建てで、津波はその2階相当まで達しました。壁に展示されていた海藻標本の大半と、標本庫に収蔵されていた押し葉標本500点のほとんどが押し流され消失しています。なお、3階天井から吊されていた世界最大級の鯨の実物大模型は難を逃れ、1階天井から吊り下げられていたマッコウクジラとミンククジラの骨格標本は泥をかぶったものの大きな破損はありませんでした。
この建物の1階らせんスロープ下の倉庫には、スチール棚に海藻の液浸標本約2千点が収蔵されていましたが、大量の土砂が押し寄せて棚ごと泥土に埋没しました。「マリンパーク山田」地区の海藻標本室は、プレハブ施設ごと流され壊滅しました。標本庫は瓦礫と化し、7万点近い標本が海に帰したといいます。