2009-12-15

2010年帰還へ 探査機『はやぶさ』の軌跡


『はやぶさ』の2500日+α 打ち上げから帰還,後継計画まで(1)

 多くの新しい技術,長きにわたる航行距離と航行時間。
これまでに数多くの成果を上げて来た『はやぶさ』は,一方でミッションの継続自体が危ぶまれるほどの窮地にも直面して来ました。

 2003年5月9日13時29分25秒,打ち上げられたMUSES-Cは予定通りの惑星間軌道に投入され『はやぶさ』と名づけられます。
 打ち上げの直後,予備を含めて4基搭載されていたイオンエンジンスラスターAからDのうちAの動作が不安定であることが判ったため,運用が停止されました。残りのB・C・Dは当初から順調に作動しており,世界初のイオンエンジンの3基同時運転を達成しています。翌2004年3月には地球スウィングバイに向け,精密な軌道計算のために一旦エンジンを停止。スウィングバイが成功しイトカワへ向かう軌道に乗った後,再びB・C・D3基の運転を再開しイトカワへ向けて加速しました。
 2005年7月,3基の姿勢制御装置のうち1基が故障したため,残り2基での運用に切り替えられました。1基の故障は事前の想定範囲内であり,イトカワへの接近やサンプル採集の計画には支障はないものとされました。
 同年7月から8月に掛けて『はやぶさ』は直接イトカワの姿を捉え,写真を地球に送って来ました。地上の電波観測による情報と合わせ,より精密な軌道計算を行うためです。

 そして2005年9月12日,日本時間午前10時。『はやぶさ』は遂にイトカワに到着しました。未だ地表に降りた訳ではありませんが,イトカワまでの距離20キロメートルに達し,イトカワに対して静止したのです。搭載カメラで撮影されたイトカワの姿は細長く湾曲しており,水面に浮かんだラッコのようにも見えました。
 『はやぶさ』はその位置に暫く留まり,イトカワのほぼ全球に渡るマッピングを行った後,9月30日には高度を下げて,イトカワの上空7キロメートルに到りました。
 ところがその後10月に入って,2基目の姿勢制御装置に異常が見つかります。残った1基と姿勢制御用の化学エンジンで姿勢は維持できましたが,予定外のところで化学エンジンを使用することとなったため,燃料の確保が急務となりました。この問題は化学エンジンの噴射制度を上げることで解決しています。
 11月4日,イトカワへの降下に向けた第1回のリハーサルが行われました。しかし途上で自律航行機能に異常が検出され,高度700メートルで降下は中止されました。姿勢制御装置が1基になってしまったことで機体の揺れが大きくなったこと,イトカワを捉えた『はやぶさ』の画像処理能力に問題が起きたことなどが原因でした。またこの時の撮影により,着陸候補地のうちの1ヶ所で10メートル強の大きな岩石が複数確認され,安全な着陸には適していないと判断されました(※2)。
 11月9日の再リハーサルでは,高度70メートルまでの降下とターゲットマーカー分離,更にはマーカーへのフラッシュの照射に成功しました。このマーカーは88万人の署名の入ったものとは別で,イトカワの表面には達していません。
 11月12日には高度55メートルまで降下して探査ロボット『ミネルバ』を分離しました。『ミネルバ』には小型のカラーカメラとイトカワ表面の温度を測定するための温度計が装備されており,重力の小さいイトカワの表面を跳ねるように移動しながら探査することになっていました。しかし地球から分離のコマンドが送られてから『はやぶさ』が受信するまでの間に,イトカワに対する『はやぶさ』の高度が高くなりすぎてしまっており,『ミネルバ』はイトカワ表面に留まることができませんでした。カメラなど装置の状態は良好で,『はやぶさ』本体の太陽電池パネルのカラー撮影に成功しています。

 そして11月20日,『はやぶさ』は,イトカワ表面,砂礫の広がる『ミューゼスC領域(ミューゼスの海)』に着陸を果たしました。名前入りのターゲットマーカーが先に降下し,予定通り『はやぶさ』を誘導しました。
 この途中高度10メートルまで降下したところで高度計のデータが変化しなくなり,およそ30分に渡って『はやぶさ』の状況が判らない状態が続きました。着陸に成功していたと判ったのは,地上からの指令でイトカワから離陸した後のことです。
 『はやぶさ』はサンプラーホーンを下にしてイトカワの表面でバウンドした後着陸し,イトカワ上に約30分留まっていました。降下中に何らかの障害物が検出されたためサンプルの採取は行われませんでしたが,この時点で『はやぶさ』は月以外の天体に着陸の後離陸した最初の人工物となりました。

 11月26日には再度の着陸と,サンプル採取のための金属球の発射が行われました。後の解析で金属球発射が途中で中断された可能性があることが判り,採集の結果は地球帰還後まで持ち越しとなりましたが,2度の着陸の衝撃などで採取できている可能性はあるという見方もあります。

※2 イトカワの表面は,砂礫に覆われて比較的平坦な部分と,大きな岩が転がる部分とにはっきり分かれていました。このような姿は予想外で,特に岩の成因は大きな謎です。地球の岩石よりも密度が低く,極端に表現すれば「すかすか」であることやラッコのような形状も何故こうなったのかは解っていません。イトカワの形成史を理解するためにも,サンプルは重要な役割を果たすと期待されています。

写真:イトカワの+90度面(提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA))
『はやぶさ』による撮影。
中央やや右寄り,岩がなく平坦に見える部分が『ミューゼスC領域』。