2009-11-15
クロマグロは絶滅危惧種?:大西洋のクロマグロを巡る問題 (協力:動物研究部 篠原現人)
マグロ類を増やすための取り組み:クロマグロの完全養殖成功
総量規制を行うだけでは効果的な保護に繋がらないとすれば,もうひとつの取るべき方策は減った分のマグロを何らかの方法で増やし,補うことです。
しかしクロマグロの養殖は,長間困難でした。理由のひとつは,泳ぎ続けなければ窒息してしまうことで,常に十分な濃度の酸素が供給できる広い生け簀が必要でした。他にもマグロ類の稚魚は皮膚が薄く,刺激に弱いため簡単に傷ついて死んでしまうこと,生餌しか食べないと信じられていたこと,生け簀内で共食いをすることなど,問題は山積みの状態でした。
2002年に近畿大学の水産研究所が和歌山県串本町で卵から成魚に至るまでのクロマグロの完全養殖に成功しました。
7年目の現在は生産拠点も増え,きざんだイカナゴなどで餌づけにも成功しています。稚魚の生残率も向上し,完全養殖されたクロマグロを親魚とした二代目クロマグロの生産にも成功しました。直ぐに市場にだせる成魚のは勿論のこと,他の養殖場へ幼魚も出荷しています。この方法ですと天然資源に負担を掛けることはありません。
近畿大学の養殖クロマグロは,卵の生産を親魚の自然産卵に頼ってきましたが,産卵する年もあればしない年もあったりして不安定でした。クロマグロの産卵条件が何であるのかは,長い間判らないままでした。
今年11月,東京都の葛西臨海水族園が飼育しているクロマグロについて,水槽内で人工産卵させる方法を世界で初めて確立したと発表しました。詳細は明らかにされていませんが,水温や照明を調整することで産卵が誘発されるようです。
クロマグロの産卵は,卵を撒きながら泳ぐメスの後ろをオスが追い掛けて精子をかけ,受精させます。葛西臨海水族園では仔魚のふ化にも成功していますが,1センチまで成長できる個体はまだ少なく,生残率の向上が大きな課題です。
クロマグロの全遺伝子情報(ゲノム)を解読しようとする試みも進んでいます。独立行政法人水産総合研究センターは今年7月,クロマグロゲノムの解読が年内に完了する見通しだと発表しました。病気に強い,成長が早いなど,人間に有用な性質をもたせる遺伝子を特定し,品種改良に繋げて行きたいとの考えです。
今年8月には同じく水産総合研究センターが天然クロマグロの稚魚の捕獲に成功しました。体長は2センチで,孵化後2週間〜1ヶ月程度と考えられます。この段階の稚魚の生態は良く判かっていませんでしたが,今回生息域や環境水温が判ったことで,養殖の際の稚魚の生存率を向上させるのに役立つことが期待されます。
マグロ類を獲る国,獲らない国,食べる人,食べない人。マグロ類に対する立場は人によって様々で,今回のモナコの提案に対する反応も大きく異なります。誰もが納得できる解決策が見つかっている訳でもありません。
私たちは一消費者として,議論の行方を常に注意深く見守る必要があるでしょう。私たちの口に入るマグロ類が何処で,どのようにして漁獲或いは養殖されたものかにも気を配り,常に身近な問題として意識するようにしておきたいものです。
(研究推進課 西村美里)