インドネシア・ジャワ島のサンブンマチャンで2001年に新たに発見されたホモ・エレクトス(原人)の頭蓋化石の報告が、アメリカの科学雑誌Scienceの2003年2月28日号に掲載されました。人類研究部では、これまで、馬場悠男部長と海部陽介研究官が中心となり、インドネシアとの共同研究として、現地発掘調査や化石標本の分析を進めてきました。今回の報告は、馬場部長・海部研究官と、同じく人類研究部の河野礼子研究官、インドネシアの共同研究者であるF.
アジズ博士・T. ヤコブ博士、そして東京大学総合研究博物館の諏訪元助教授の協力によって行われた研究の成果です。
インドネシアのジャワ島では、サンギラン、ガンドンといった地域から数多くのホモ・エレクトス化石が見つかっており、その大半は脳頭蓋の化石です。サンギランの化石は年代が古く(150〜80万年前頃)、ガンドンの化石は新しい(数10〜5万年前頃)と考えられており、形態的にもガンドンの化石はやや進歩的です。今回のサンブンマチャンの化石は、年代としては両者の間にあたるのではないかと推測されます。
サンブンマチャン4号(Sm 4)と名付けられたこの新発見の化石は、ホモ・エレクトスの大人・男性のものと思われます。脳容量は1000cc程度で、平均的なホモ・エレクトスの範囲といえます。現代人では脳容量1400cc程度になっています。
図1
Sm 4を斜め前から見たところ(上)と、CTデータによる再構築画像(下・中央)。サンギラン17号標本(下・左)とガンドン12号標本(下・右)と比較すると、Sm 4は両者の中間的な形態特徴を示す。
猿人からホモ・エレクトスのような原人の段階を経て現代人に至る過程で、このように脳容量が増加したことがわかっています。これにともない、現代人では頭の骨全体が丸みをおびた形になりました。このような丸い頭の形が獲得されたことと、頭蓋の内腔の中心部・下部にあたる頭蓋底(脳の下にある部分)の屈曲が強くなったこととを結びつける考え方がありますが、今回Sm
4化石を高性能のCT装置で撮影し観察・分析したところ、Sm 4化石の頭蓋底の屈曲は現代人並みに強いことがわかりました。したがって、頭の形が丸くなったことと頭蓋底の屈曲とは必ずしも関連していないという結論になります。一方、頭蓋の内腔でも外側においては、眼球の収まる空間の上壁の傾きが大きいことなど、現代人とくらべてより原始的な特徴も認められました。
Sm 4化石は、形態的には、サンギランとガンドンの化石群の中間的な特徴を示すことがわかりました。一方で、同じくホモ・エレクトスである中国の北京原人とはことなる特徴が、インドネシアの化石全般に共通して見られます。このようにインドネシアの化石標本群には連続性と独自性が認められると同時に、後期のグループ(ガンドン)では頭蓋の細かな形質において独特の方向への特殊化が見られることから、インドネシアのホモ・エレクトスは、中国北部周辺の原人集団とはあまり交流を持たずに進化したものであり、また、現代の東南アジア・オセアニア地域の人々の直接の祖先とはなっていないと推測されます。
図2
現代人(上)とSm 4(下)の頭蓋の矢状方向(縦・前後方向)の断面図。グレーの頭蓋正中部の断面では、Sm 4化石の頭蓋底の屈曲が現代人並みに強いことがわかるが、赤で示した頭蓋の外側寄りの断面を比較すると、眼窩上壁や中頭蓋窩の発達度合いなどが現代人とはことなっている。
このように今回の発見・研究は、人類進化の過程でおこった頭蓋の形態変化の様子や、インドネシア地域のホモ・エレクトスの進化史に関して、重要な知見を与えるものです。
今回の報告についてより詳しくお知りになりたい方は、プレスリリース文書をご覧ください。
CT撮影は、東京大学総合研究博物館の産業用マイクロフォーカスX線CT装置によって行いました。